17.「……わたしも、のむ」
一日かけて未開拓地から抜け出したアレスたちは、天井のない空が一望出来る町の温泉に浸かっていた。何やら未開拓地にある洞窟の魔法鉱物が、源泉を作り出していて、それを引いてきているらしい。
この世界では、地中から湧き出るものじゃなく魔法鉱物から作り出されるものだった。時間が深夜だったこともあって、男女別でなくても入れてもらえ、幼女は喜んでいる。
小鳥も規格外なため、桶に張った温泉の温度を確かめて湯を浴びていた。
温泉に入っている理由は、疲れを癒やす目的もあるが……町へたどり着いてすぐ。幼女の頭上へ鳥のフンが落ちてきて、不運の呪いで頭から盛大に被ったのだった。
「初めて入った温泉が、深夜も入れて良かったな」
宿にある備え付けの風呂は時間で制限されていて、此処を勧めてもらい今に至る。
時折、未開拓地の方角から鳥のような鳴き声が聞こえてきて、空を仰ぎ見るアレスの目に黒い影が映った。動物と言うよりは、三つの赤い目が印象的で幼女ほどに大きい魔鳥。
激しく頷く幼女は、どこか顔が赤く見えた。風呂よりも温度が高い温泉は、逆上せると聞いてすぐに湯から出て冷たい飲み物を飲ませる。幼女にとっては色のついた水でしかないが、元から味のしない物だと思って飲めるらしい。
宿へ戻るとすぐに幼女は革袋から魔法紙とペンを取り出して勉強を始める。未開拓地ではそんな余裕がなく、出来なかったからだ。知識を得られる勉強は好きなようで、黙々としている。そんな後ろ姿を尻目に、アレスは店主から貰った果実酒を口にした。
未開拓地に近い町だけあって、宿自体は深夜でも開けているらしい。その分、深夜料金が発生して少しだけ割高だ。
「悪くない味だ……」
扉側にあるテーブルで背を向ける幼女と反対側の窓際に椅子を置いて優雅に座るアレスは、初めて飲む人間の趣向品である【酒】が気に入った様子で一息つく。
無匂の呪いで味が分からない幼女のことなど一切気にしていない。
幼女の肩に止まっていた小鳥が、小さな羽根を羽ばたかせながらアレスの元へやってくる。いつもは肩へ止まる小鳥は膝の上に着地すると首を傾げながら果実酒を見つめていた。
「フェリちゃんも、のみたい」
いつも水分補給は水か果物で賄っている小鳥の一言に静かな時間が流れる。
「――人間の趣向品を飲みたいとは、生意気な鳥め」
乱暴な手つきで頭を撫でたあと、瓶の蓋へ少量だけ入れて窓際に置いた。殻になった瓶は足元へ置くと、移動してくちばしをツンツンさせて飲む姿を興味深く眺める。
少しして空になったと同時に案の定、酔っ払う小鳥。
羽根をバタバタさせて飛んだと思ったら、落下してアレスの膝に顔から埋まる。
「欲しがった割に、弱ぇな……」
「フェリちゃん……よって……る、ない」
完全に酔った奴が言う台詞だった。さすがに人間のような、顔が赤くなるなど変化は見られない。色白なアレスの頬はほんのり赤みがさして、色気が増していた。
初めてだったが、アレスは酔うことなく小鳥の首を摘んで移動し、ベッドに入る。
枕元で転がる小鳥はイビキをかいて寝てしまった。
一本飲み干したアレスも眠気から欠伸を噛み殺す。ベッドサイドに置かれた予備の果実酒を眺めているうちに、そのまま瞼を閉じた。
翌朝、目覚めると大きく伸びてから体を起こす。視線は魔法紙を広げてい黙々と書き続ける集中力に感心する幼女から、転がった瓶へと移動した。
ベッドサイドへ視線を変えると、予備でもらった果実酒が忽然と消えている。幼女の近くには転がった空の瓶……。
容疑者は一人しかいない。
「おい、童。貴様……飲んだな?」
いつも以上に低い声。ピリピリした威圧感が幼女に降り注ぐ。ゆっくりと顔を向ける幼女の目は分かりやすく泳いでいた。
立ち上がって腕を組むアレスとの身長差も合わさって、小さな首が縦に振られる。
一本飲んでしまったのに、幼女に身体的変化はない。子供らしく膨らんだ頬も、アレスと違って赤さもなく思わず笑ってしまう。
空になった二つの瓶を扉横へ移動してから、立ち上がらせて部屋の中を歩かせた。足取りもしっかりして、まったく酔っていない末恐ろしい子供に口を押さえる。
「子供だと甘く見ていたか……」
けろっとしていた幼女は、黙って飲んだ理由を魔法紙で伝えてきた。小鳥だけが果実酒を貰っていて羨ましかったらしい。
なんとも子供らしい理由に呆れるアレスは、まだまだ人間のことを理解できていなかったと思い知らされる。
朝食を済ませてから宿を出て、最後に温泉へ浸かった。次の町を目指して歩き出したアレスは一度だけ未開拓地に視線を向ける。
町を発つ際に、酒場の客がしていた噂話……。
「……聞いたか? 未開拓地で遺跡が見つかった話」
「……ああ。しかも、中から魔物があふれ出てるんだろう」
「……嫌だねぇ。ただでさえ、魔物の被害は年々増えてるってのにさ」
いまのアレスに興味は湧かず、無謀なこともする気がない。
未開拓地の森から騒がしく鳴く魔鳥が飛び立つ中、少しだけ不穏な動きを感じ取っただけだった。




