15.「……どうして?」
幼女のおかげで野宿は免れたと思った次の町は、タイプが大きく異なりアレスの好奇心を駆り立てる。
たどり着いた町は石造りの城壁かと思うほど囲まれていて、大きな門があった。
しかも、門番の前には長い列が出来ているだけじゃなく、町の周辺で寝泊まりしている姿がある。異様な光景を目の当たりにして、顎へ手を添えるアレスは聞き耳を立てた。
「……まさか、ここまでとは思ってなかったぜ」
「要塞都市って呼ばれてたけど、まさかの差別主義だったなんて……」
「まぁ、当然だろう。あいつらは、人間じゃねぇ」
要塞都市、差別主義、人間じゃない――。
悪評が轟いていた噂の町は、亜人種にとって最悪な町だった。亜人種の幼女を連れているアレスも例外じゃない。
人間の真似事で一番後ろへ並ぶアレスは、いま一度町を見上げる。要塞都市と言うのは高い壁のことだ。差別主義や、あいつらと言うのも門番に振り払われる姿ですぐ分かる。
地面へ横顔をつけて睨みつける顔。その髪は不思議な動きをしている。緑色をした髪はまるで蛇のようで、上へ伸びた瞬間――。
「シャァァア‼」
「本性表しやがったな! 蛇野郎!」
蛇系の亜人種だった。
その後ろも良く見たらガタイの良さそうな亜人種が据わった目をしている。列の中で他にも亜人種の姿があった。
すぐに好奇心は失われ、思わず舌打ちするアレスに理解していない幼女は首を傾げている。幼女の角や尻尾は短く、ローブとフードで隠すことは可能だ。しかし、警戒心の高さから確実に剥ぎ取られるだろう。
亜人種が奴隷扱いをされていることから、異なる部位のない人の方が優遇されているのは明白だった。
亜人種の町や村があっても良さそうなのに、壁側で天幕を張った異様さからないことは分かる。それから、目前の町を越えないと王都へ行けないときた。
なぜかというと、アレスたちが下ってきた崖の反対側も同じく高い壁が聳え立っている。
「……めんどくせぇ」
幼女の力とアレスの身体能力なら門番をどうにかして突破することは可能だ。しかし、目的を達成させるため、犯罪者になるのは得策じゃない。
体感、一時間はかかりそうな人の数だが、自由に魔法も使えない世界でアレスの出来ることはなかった。奥の手は希少価値が高いという小鳥を使って目をそらさせるくらい……。
そんなときだった。
突然前から激しい地鳴りと悲鳴が聞こえてくる。とっさに首だけ列から出して前を見ると、白くて鋭い二本の角が閉ざされた門へ突き刺さっていた。地鳴りは突き刺さった角を抜こうとして踏ん張った足で地面が割れた音。
一人が暴れたことで天幕を張っていた亜人種たちも加わり、平和な時間が一瞬で大惨事に変わった。暴徒化した亜人種によって、偉そうだった門番は女のような悲鳴をあげている。
門を叩いて開けろと騒ぐ集団に、壁を壊し始める亜人種たち。逃げ惑う人や、攻撃性の低い亜人種の中を掻き分けて前まで歩いていく。
「……好機は逃さない主義だ」
一人の門番が吹き飛ばされて気を失ったくぼみへ隠れると、中から門の開く瞬間を待った。弓兵が立てる場所はない、ただの城壁。開けずに暴徒化した亜人種を制圧することは不可能だ。
大分大きいが、自分のローブを幼女に着せてフードを被らせる。顔まで隠れた幼女は軽くフードを上げた。
「合図したらすぐ動け」
真剣なアレスの低い声に幼女は数回首を縦へ振る。
「助けてくれ‼」
厚い壁で覆われているとはいえ、外の音は聞こえているはずだ。門番の叫び声で、重低音を響かせた門が開く。
なだれ込もうとする亜人種たちの前に、体よりも大きな盾を持った衛兵の姿があった。自警団ではない鉄の鎧に身を包んだ姿は、騎士団の劣化版。
一気に抑え込む両者の間を潜り抜けるアレスは、端に空いた死角へ幼女の体を入り込ませた。
町の門を潜ったところで、長かったローブの裾を踏みつけ盛大にコロコロと転がる幼女は大木へ額を打ちつける。さすがに頑丈な体でも、多少なりとも痛みや恐怖を感じるだろう幼女は後ろから見た限り震えすらない。
当然のように鈍い音がして、倒れる大木へ顔を上げたまま放心した幼女の細腕を引っ張るアレスは家屋の裏へ飛び込んだ。
ハッとした様子から慌てる幼女の頬を片手で摘むアレスは人差し指を立てる。肩に止まっている小鳥も器用に羽根で同じ真似をしていた。
沈静化する前に離れる中、慌てた様子のない町人たちが少し離れた場所で談笑している。
「またかよ……」
「これで何回目かしらねぇ?」
「ハハッ……まったく懲りねぇ奴らだぜ」
町人が騒がないことと、自警団よりも数が多い武装した衛兵のいる理由だった。
しかも話はそれだけでは終わらず、何人か捕まえて奴隷として売っていると笑う町人へアレスの胸がじわりと熱を持つ。
亜人種を売った金で城壁を作っていた。
「……糞どもが」
無自覚に出た言葉で、幼女は目を丸くする。激しい音を利用して、中央まで侵入できたアレスは小鳥を掴んで幼女の頭に乗せた。
二人して首を傾げる姿へ、辺りを気にしながら幼女のフードを目深に被せる。
「……此処にいろ」
短い言葉を投げかけると、何食わぬ顔で表通りから出口のある場所まで向かった。
どこから見ても亜人種を模した部分のないアレスは怪しまれることなく人の中を通り抜けていく。時折、神々しく感じるアレスの容姿にあてられた男女が振り返るくらい。
出口の門へたどり着くと、同じ形をして左右に立つ衛兵の姿がある。怪しまれないよう横道へ逸れてから待機した。
町人らしい人間が門番へ何かを見せている。すると人が一人通れるほどの門が開いた。固く閉ざされた門は、門番が首から取り出した魔法具によって開けられていることが判明する。
ただ、犯罪は駄目だ。今後に支障をきたすことは目的の遂行を妨げる。続けてやってきた男女は、町人じゃないようで、別な何かを見せていた。
手の甲に赤い刻印が見える。そして、刻印について説明する門番の声も……。
「門を通る際につけられた刻印は、町から出たら消えるから安心してくれ」
「少しだけ痛みが伴うのは、血を吸い出してるせいだ」
人間は門番で刻印を押されないと出られないのが分かった。
すぐ二人の元へ戻ると、鎮圧間近なのが分かり簡単な説明をする。
「貴様たちは此処で待機していろ。すぐに戻る」
「フェリちゃん、いいこにしてる」
気配を消すように入口まで戻ると、衛兵の脇をすり抜けて外へ出た。人間離れしたアレスの繊細な動きに気づく者はおらず、避難している亜人種じゃない人たちの中へ混ざる。
――あたかもそこにずっと居たかのように。
沈静化して一部捕縛された亜人種たちが門の中へ連れて行かれる。不安な人々の中、アレスだけが眼光を光らせていた。
捕まった亜人種。散り散りとなって逃げて行った亜人種の姿を追うことなく、何事もなかったように一人の男が手を叩いた。
「ハイハーイ。再開するから並んでぇ。ー時間巻いてるから」
甲冑姿の衛兵と異なり、身なりの良い男が叫ぶ。人にしては変わった灰色の瞳とキノコ頭……。獲物を見定めるような双眸が、アレスに突き刺さった。




