13.「……だいじょうぶ、かな」
外へ出たアレスは、町から少し離れた丘で購入したばかりの漆黒の細剣を左手に持ち、革袋から小さな玉も取り出す。幼女と小鳥に離れるよう指示を出してから、ポッカリと空いた中心部に玉を嵌め込んだ。
その瞬間。小さな玉から紫色の光が溢れ出し、漆黒の剣を包みこんだ。それと同時にアレスの視界は暗闇へ覆い尽くされ、暗黒の世界が広がる。
視界を奪った暗闇からは殺意に満ちた魔力が充満していた。
何も見えないならと、切れ長の黒い双眸を閉じたアレスの前に一人の男が現れる。見えていないはずなのに、しっかりと姿形を認識出来るのは男の能力だった。
明らかに人ではない見た目。亜人種の幼女に似た二本の角を頭に生やし、長い耳を持つが、褐色の肌は魔法文字のような彫り物が刻まれている。
血のような赤い瞳に、老人のような白い髪は首筋へ垂れる。目は虚ろで、殺意だけがアレスの体に刺さった。
アレスに劣らず見目麗しい姿の男は、視点の合わない赤い双眸を向ける。
「へぇ……。“魔族”を見たのは初めてだ」
魔族と呼ばれた男は微動だにしない。
どうやって殺そうか吟味でもしているのか、はたまた魔法具に魂を縛られすぎたことで意識障害から沈黙しているのかは読み取れなかった。
ただ、アレスも涼しい顔で一切動じていない。神の中でも異質なアレスにとって、恐怖の対象は存在しなかった。すべての神をまとめる存在な全能の父神ですら、アレスを畏怖しているほどに……。
その刹那。鋭い刃となって迫りくる殺意がアレスの首筋を撫でる。漆黒の刃に揺らぐ紫色の光。明らかに購入した細剣だ。幻覚なのか分からない切っ先を撫でるような手つきで払い、男の腹部へ重い拳を振るう。
――すべて一瞬の動きだった。
唾液を吐き出す男は腹部を押さえて顔を上げる。人間を凌駕する強さで数多の世界を支配し、神の力によってねじ伏せられた魔族だ。一瞬だけ瑠璃色の眼光が走り、続けざまにアレスの手刀が首へ振り下ろされる。
男が下に突っ伏す姿を見下ろすアレスは、つまらなさそうな冷めた視線を投げた。悔しそうに見えなくもない男の顔が上を向いたあと、ガラガラと崩れるような音が響き渡る。
体感十分ほど……。
視界が広がり、見覚えのある景色に幼女と小鳥の姿が映った。いつの間にか仲良くなったのか、小鳥は警戒していた幼女の頭に乗っている。その顔からは心配の表情が見て取れた。
「――心配するな。神力がなくても、オレは最強だ」
自然と伸びた手が幼女の頭をポンと撫でる。小鳥も羽根をばたつかせながら指の間へ入り込んで収まった。
幼女は満面の笑みを浮かべると、正気に戻ったアレスが手を離す。先ほどまで持っていたはずの漆黒の細剣は、小さ玉が外れて地面に転がっていた。
軽く屈んでどちらも手に取ると、僅かな光が少しだけ輝きを増して見える。殺す勢いで殴りつけた手刀によって、かえって息を吹き返したようだ。
未知の魔法具の情報は神の知識であっても、詳細は分からない。
ただ、不可思議な穴の開いた魔法具のような物も多く実在し、適した核を嵌め込むことで本来の力を発揮すると……アレスは知っている。
「適していなかったか、相性の問題か……。武器としては使えそうだ」
吸い付くように軽い漆黒の細剣を何度か振って確かめた。曰く付きというのは分からないが、剣の柄に小鳥が止まると大きく羽根を羽ばたかせる。すると、漆黒の剣から黒い靄が溢れ出し、瑠璃色に変化した。
「……貴様、何をした?」
「フェリちゃん、なにもしてない。こたえただけ」
意味深なことを言う小鳥に面食らいながらも、瑠璃色へ変化した剣の中心部に空いていた穴も消えている。
美しいものに対しても興味がなかったアレスですら、見惚れるほどの鮮やかな細剣に吸い付くような感覚はなくなっていた。
鞘に収めた細剣を腰にぶら下げて戻った頃には約束の時間が来て、自警団の施設へ訪れる。
他の施設と変わらない作りで、すぐに出迎えてくれたのは薄緑色をした髪を後ろで束ねた女だった。野党三人を連れて行ったときにはいなかった顔。
「端正な顔立ちの黒髪と、可愛らしい幼女……。もしかして、アレスさんですか?」
「ああ、そうだ。報酬を貰いに来た」
「少々お待ちください!」
奥へ消えていく女はすぐに戻ってくると金貨袋を長机へ置いた。ドサッという重い音から結構な金貨が入っている。奥の方には野党の処理をした自警団もいた。三人は明日、王都から来る騎士団に引き取られるらしい。
王都という言葉に反応するアレスだったが、怪しまれる可能性もあるため関わりを持つのは辞めた。
「ご協力、有難うございました!」
施設から出て宿屋へ戻る。騎士団と鉢合わせしないため、明日の早朝に経つことが決まった。この世界を知らないアレスは、人間がどのように区別されているかも分からない。現に、奴隷がいることは門番から聞かれて分かった。貴族もいるこの世界では、問題ごとが多いはず。
夕食を済ませて早めに就寝してから早朝、軽食をしてからすぐ町から出た。
◆◆◆
アレスたちが出て行ったあと――。
町が賑わいだした時間帯。白い鎧へ身を包み、青いマントをはためかせた騎士団の姿があった。肩に王国の紋章を刻んだ金髪の男は爽やかな笑みを浮かべている。だが、宝石のような黄昏色をした瞳は笑っていない。対照的に元気な声を上げるピンクのツインテール少女が、野党三人を一人で引きずって来る。
「隊長ー! 連れてきましたー!」
「……君の声は、小鳥のように周りを豊かにしてくれるね。僕の鼓膜を震わせるほどなのが残念だけど」
「すみません! あっ……」
酷く怯えたような野党は手を離されても大人しくしていた。だが、三人の大人を軽々と一人で引っ張ってきた彼女は人ならざる力の持ち主である。
実は、普段使いできない魔法の代わりに扱われている能力があった。
――それが【呪い】である。
幼女は大変な目に合っている呪いだが、代償を払うことで魔法のような能力が得られた。呪い師から自ら呪いを付与してもらうことで、相応の能力を得られるというもの。
彼女は常人以上の力を手に入れるため【声量の制御】を失った。軽く思える呪いだが、潜入や場面によって作戦へ参加出来ない。話さなかったら良いという問題でもなく、そもそも彼女は呼吸をするように話す特性のある亜人種でもあった。
聴力に秀でた鳥族の彼女は、自ら進んで呪いを受け入れたわけじゃない――。
「……これだから、元奴隷は。隊長に迷惑かけんなよ」
「す、すみま……」
奴隷の中では無理矢理呪いを付与されて、力を植え付けられることがある……。
ピンク髪の少女によって連れ出された野党三人を輸送用の馬車へ詰め込んでいた騎士団員の野次が飛んだ。萎縮する彼女に助け舟を出したのも団長と呼ばれる金髪の男である。
「そこの君。僕は分かった上で彼女に言っているんだ。本人も了承済み……小さい男は嫌われるよ」
「も、申し訳ございませんでした‼」
凛とした声が優しく響き渡る中、すべての処置を終えた騎士団長は自警団から聞いた旅人のことを考えていた。身なりの整った貴族らしい端正な顔立ちで威圧感のある男。
「……興味深い」
こぼれる言葉は風に消えていく。明るい声の呼びかけで、施設を出た騎士団長は馬車と共に町をあとにした。




