12.「……ざっかやさん」
無事に次の町へたどり着く。他の町同様に一階建ての家が目立ち、外で遊び回る子供や集まって世間話をする女たち。商売をする男の声が聞こえてくる。
意外と小鳥の正体に気づく者はおらず、声をかけられたりしない。ただ、幼女が連れた男たちと、アレスの背負う女を凝視している。
すぐに自警団へ向かうと、一時間ほどかけて調書などの処理をして解放された。
「報酬などを渡すから、黄昏時にもう一度来てくれ」と言われてしまい宿を探す。
野宿をして、野盗に襲われたことで眠かったアレスも一日町へ滞在することは決めていた。
異様な光景だったが、町の人間は忘れてしまったように見て見ぬふりで平然としている。
そんな様子を眺めていると、布をめくるような音がして振り向いた。
同時にあがる知らない女の叱る声。フワッと風の力もあって舞い上がったのは、幼女のスカートだった。
「おい、何があった」
魂が抜けたように放心する幼女と、二つほど年上だろう少年二人の額を地面に押し付けて謝罪する肩まで伸びた黄昏色の髪をなびかせる若い女が現れる。
「この子たちが、すみませんでした‼」
事情を聞いて意味が分からないアレスは首をかしげた。魂が抜けかけていた幼女も、女の言う羞恥心ではなく奇襲に対して反応出来なかったことでショックを受けていたらしい。
これも不運の呪いか? と、思案するアレスと幼女に頭を下げる女は宿屋の娘だったことでお礼すると連れて行かれる。この町の宿屋も酒場と一体になっていて二階建て。少し他の家屋から離れた奥にあるため、酒場がある割に静かだった。人間の騒音を煩わしく感じるアレスは気分が良さそうに見える。
幼女のスカートをめくった少年二人は双子の弟らしく、到着してすぐ手荒く叱られる声が宿屋の中に響き渡った。
「先ほどは、本当にすみませんでした……。こちらもお詫びの昼食です」
自警団で時間を取られたこともあって朝食にありつけなかったアレスは無言で受け取る。
ただ、当然幼女は食事をしない。二人分の配膳された料理を見てから幼女へ振り向く。初めから食事をする頭のない幼女は床に魔法紙を広げていた。昨日は野宿で出来なかった勉強をしようとしているのは明らかである。
「おい。今日も食べないのか?」
幼女は少し間をおいてから小さく頷いた。用意された量は大人と子供だったため、いつものように二人分食べていく。
幼女は黙々と一人で勉強していた。すでに初等部レベルの知識を身につけていて、六割ほど会話が成り立っている。本人いわく、もっと話がしたくて頑張っているらしい。
話が成り立っても必要以上に話さないアレスは、幼女の質問へ短い返答だけ。それでも、本人はとても喜んでいた。
自分のことをフェリちゃんと名乗っている小鳥は、テーブルに硬いパンくずを置くと、口へ咥えて器用に肩の上で食べている。しかも、スプーンやフォークを持って動かす利き腕ではなく動かない方へ。
「……貴様、頭の良い鳥なのは分かったが、ずっとオレの肩に乗るなんて怖いもの知らずめ」
「フェリちゃん、こわくない。やさしいよお?」
小鳥は自分の可愛さが分かっているように小さな首を傾げて見せる。アレスのことを言っているのか、自分のことか分からない小鳥はパンくずを食べるのをやめて、マイペースに毛繕いを始めた。
小鳥を構うのをやめたアレスも食事を平らげる。
自警団に言われた時刻までだいぶあるため、町の雑貨屋へ行くことにした。魔法具は売っていないが、掘り出し物があったりするからだ。それと、忘れていた武器屋にも。
幼女は雑貨屋へ行くまで小さな体を使って嬉しさを表現しながら歩いていた。
目的地の小さな雑貨屋にたどり着いてすぐ、窓から見える中の様子だけで目を輝かす幼女を連れ中へ入る。アレスたちの持つ革袋や背中に背負う大きなものから、四角い箱型の革製鞄があった。
奥には日用品から冒険に役立ちそうな天幕や、ロープ、火おこしなど。
二度目になる雑貨屋でキラキラ目を輝かせる幼女は、その場でぴょんぴょん跳ねて奥へ走っていく。
「おい……売り物には触るなよ」
主人から発せられた命令のような言葉でピタリと止まる足。一度顔を向けた幼女は小さく頷いてから再び駆けていく。
奥にいた店主らしき白い顎髭を生やし、白髪頭で初老の男性も小さな丸眼鏡を持ち上げた。
「……小さなお客さんかい? おや、若い親子だねぇ」
「――親子じゃない」
初老の店主はそれ以上野暮なことを聞いてくることなく、再び椅子に腰掛ける。
奥の方で、無造作に置かれた木箱があった。掘り出し物がありそうな木箱の中には古びた雑貨、子供の玩具まである。
幼女と共にしゃがみ込んで中を漁った。興味心から鼻息を荒くして興奮しながらも、約束を守って触らない幼女を横目に、一つの小さい何かへ触れた瞬間アレスは目を大きく見開く。取り出したのは、小さな青く光る玉だった。光はほんの僅かだったが、明らかに魔力を帯びている――。
「ふむ……未知の魔法具か。しかも核……」
元神であるアレスは、ただの小さくて綺麗な玉にしか見えないモノの正体を知っていた。
僅かな魔力も人間のものとは異なり、深淵のような闇……。
未だに燻った憎悪さえ感じる玉を見て、不敵な笑みを浮かべたアレスは無価値としてタダで譲り受けた。
外へ出て太陽に透かしてみると、炎の揺れのような動きを感じて笑う。当然、理解していない幼女と小鳥は同じタイミングで首を傾げた。
小さな玉も革袋に入れると、本来の目的である武器屋へ向かう。中に入ってすぐ、重装備や前衛が使う武器などが置かれていた。武器屋と看板を掲げているが、防具類も豊富で革製品が多い。
当然、魔法具関連の物はなく辺りを見回していく。アレスに気づいた店主は、背筋を伸ばして手をこすりながら近づいてきた。
「いらっしゃいませ、お客様。本日は、どのような物をお探しでしょうか?」
顔から下までお忍びの貴族にしか見えないアレスは、さっきの雑貨屋以外で腰が低い対応をされる。
だが、一人で適当に探したいアレスは「一人にしてくれ」と言って、店主の表情を硬くさせた。
素早い動きで奥へと引っ込んでいった店主を気に留めず、手当たり次第武器を見ていく。
身長はあるが、魔法師のように細身なアレスは身体能力と体力だけ。野党の女を運んできて知った、握力や腕力は人並みだった。
しかも、神力によって魔法のような戦い方をしてきたアレスは剣など武器を使ったことがない。そこで閃いたアレスは店主のいる奥へ向かい、要望を口にする。
「店主。この中で、魔物と戦っても刃こぼれせず、軽い剣をくれ」
「へ……?」
無理難題を口にするアレスの威圧する切れ長の目で震え上がる店主は、奥から一本の剣を持ってきた。
――漆黒の細剣。
目立った装飾はないが、中心部になぜか小さな穴があいている。
何やら曰く付きらしく、魔法具で有名な魔剣と呼ばれる物に近いが使う者を選び、死へと誘うとも言われているらしい。
ただ、その反面。体に馴染むように重さを感じず、刃こぼれもしない。
穴の大きさを真剣な眼差しで見つめるアレスは、再び不敵な笑みを浮かべる。
「店主。これをくれ」
「は、はぃぃい‼」
曰く付きとはいえ、魔剣に近い代物だったことで金貨五枚だった。手持ちの路銀が寂しくなってきてもお構いなしで外へ出る。まだ少し黄昏時には早い空を見上げて、アレスは入り口へ向かって歩き出した。




