11.「ありがとう」
小鳥を肩に乗せたまま整えられた道を歩く。太陽はまだ空の中心で輝いているが、そろそろ野宿の出来る場所を探す必要があった。
ただ、小鳥と出会った町からずっとアレスたちのことを監視するように、あとをつけている者がいる。
面倒事の匂いしかせず、アレスは威圧するように切れ長の双眸で睨みつけた。
それで気配が散るのなら、気づかなかったことにする。諦めの悪い連中なら面倒な武力行使をするだけだった。
邪魔なモノはすべて排除してきた無情な姿が本来のアレスである。以前のような能力や神力がなくても、身体能力という武器は人間にとって大きいものだ。
幼女に指示をして少し道から離れ、草木が生い茂る草原へ歩いていく。
空高く飛んだ小鳥の目で川があることを知り、そこを本日の拠点にした。
辺りに太い木や隠れる場所はなく、獲物を狙う側、狙われる側でも死角はない。
「――さて、面倒くせぇが実力を見せてもらおうか……」
野生の生き物や魔物の多くも夜に獲物を襲う。相手が人間であっても昼間より夜目の効かない夜の方が狙いやすい。
ただ、野宿には欠かせない焚き火をするため、乾燥した枝などを集めてくるとまだ加減の出来ない幼女に火起こしを頼む。
当然勢いよく放たれる炎で周辺の草が焼け焦げた。「ひっ!」という短い声が少し離れた木の先から聞こえた気がして、次第に太陽は沈んでいき夜を迎えた頃。辺りはシーンと静まり返っていた。季節柄、虫の鳴き声すらない。面倒な割に人間の奇襲を楽しみにしていたアレスは、つまらなそうな顔を貼り付けていた。
「……怖気づきやがった。度胸のねぇヤツが最初から金目的で動くんじゃねぇ」
狙いは明らかに小鳥だろう。金貨百枚は誰でも喉から手が出るほど欲しくなるものだ。純粋な人間じゃないアレス以外……。
不寝で眠れないことが分かった幼女に晩を任せ、アレスは横になる。
普通なら児童虐待だと言われかねないが、アレスは子供でも関係なく扱うためまったく悪気がない。
使えるものは使う主義だ。幼女も頼まれて喜んでいるようで、短い尻尾がゆっくり揺れる。
アレスが寝入ってから数時間。普通の人間なら気づかないほど僅かな物音が聞こえてきた。
幼女は反応して黄金の瞳を向ける。いままで生きてきた環境からか、未だに恐怖の感情すら見せず獲物を見つめるよう一心に注がれた。薄く目を開けるアレスは相手の行動を待って寝たまま動かない。小鳥はアレスの持っている革袋の上で眠っていてまったく気づいていなかった。
諦めたと思った野盗か、野生動物……それとも、魔物――。
どれであっても幼女はもちろん、アレスの敵じゃない。ただ、このとき服や革袋などを買っておいて忘れている重要な物に気づく。
「……武器を買い忘れた」
言葉を発した直後、草原が不自然に揺れた。
揃えられたような足音。アレスは瞬時に幼女へ指示を出す。
「上に火を吹け」
直後、勢いよく吐き出された炎の渦によって周りが照らされた。
気配で察知済みだった黒い影の正体が三つ。
アレスに襲いかかろうとする武器を持った男が二人。寝ていた小鳥へ網のような物を振り上げる女がいた。
当然、幼女の炎に驚いて目を覚ました小鳥だったが動かない。
幼女の行動に一瞬でも反応した三人は、アレスの素早い肘鉄を腹に入れられる。短い声を上げて突っ伏す三人をゆっくりと見下ろすアレスは、綺麗な顔で冷めた眼差しを向けた。
「――奇襲するなら、もう少し強くなってからにしろ。それから、相手を選ぶんだな」
アレスにしては饒舌で感想に似た助言を吐き捨てる。日が昇るまで時間のあることを悟ったアレスは「おやすみ――」と一言こぼして背中から足で強い蹴りを入れた。
幼女は一連の動作をじっと眺めるだけで、微動だにしない。
静かになった場所で幼女へ見張りを頼むと再び横になって寝始める。
「フェリちゃん、めにくるいなし」
小鳥の言葉など、はなから気にしていないアレスが起きることはなかった。
日の出と共に目を覚ましたアレスは大きく伸びをしてから体を起こす。
すると、泡を吹いて倒れている三人の姿があった。
近くには当然、元凶である幼女の姿も……。
大体状況を察したアレスが近づいていく。小鳥も目を覚まして、パタパタと宝石のような羽根を羽ばたかせアレスの肩へ止まった。
「状況の説明をしろ」
ピンと背筋を伸ばす幼女は一部始終、体と文字で表現する。
アレスが目を覚ます少し前に意識を取り戻した三人は性懲りもなく小鳥へ手を出そうとして幼女の逆鱗に触れたらしい。
アレスに任されたことだったから。
「町までは残り半分ある。放置していくぞ」
大型の野生動物や魔物に襲われたなら、自分が犯した過ちからでたツケ。
アレスが一歩踏み出してすぐ、ズボンを引っ張られる。振り返ると、移動した幼女が二人の男を引きずり始めた。
――この童は根っからのお人好しらしい。
幼女は此処に置いていく意味を理解している。先を歩き出す幼女にため息で返しながら転がる女へ視線を向けた。
仕方なくしゃがみこんで女を背負って立ち上がる。一度振り返る幼女は発せられない口を数回動かして笑った。




