10.「……ふぇりちゃん?」
次の町まで人間の足で一日かかると言われたアレスは、下準備をして出口に向かっていた。
アレス以上のマイペースな幼女は、何かを目で追っている。上から下へ曲げられる首が、獲物を凝視するようにアレスの一点に注がれた。
精霊の悪戯か、心地良い風が首をくすぐるように通り過ぎていく。その直後、幼女がアレスの右肩を指さした。
魔力はもちろん重みすら感じなかった肩に目線だけ向けると、小さな鳥がとまっている。
表面が光沢のある青、お腹周りは白い毛で覆われ、たたまれた羽根の左右に黄昏色の可愛らしい挿し色があった。
片方の羽根を伸ばして毛づくろいしている小鳥は、二人の視線に気づいたようで、小さなくちばしが動く。
「フェリちゃん、かわいい」
――しゃべった。
凝視するアレスを怖がることもなく、幼女のようにマイペースな小鳥は首をかしげてみせる。自分の愛らしさが分かっているような動きだった。
喋る小鳥は見たことのない幼女が目をキラキラ輝かせている。
「フェリちゃん、まいご」
自分の置かれた状況も口にする小鳥は頭が良いらしい。ただ、町の出口を出てから勝手に肩へ止まって迷子という小鳥は迷惑極まりなかった。
踵を返して自警団の詰所へ向かう中、幼女が再び小鳥を指さす。よく見ると首に白い何かが巻かれていた。
触れても大人しい小鳥から取り外すと、丸められていた紙には地図が描かれている。
「……此処は、どこだ?」
「フェリちゃん、おうと。あるじさま、だいすき」
片言で話す小鳥の言葉を『王都』と解釈したアレスは、顎に手を当てた。
王都は目指しているが、自分のことを『主さま』など呼ばせていることから、明らかに面倒くさそうで厄介案件だと察する。
自警団のいる詰所まで戻ってくると、受付にいた茶髪の男へ声をかけた。
「貴様、迷子の生き物は取り扱っているか?」
「えっ……迷子――もしかして、その小鳥ですか?」
「そうだ。町を出たところで肩に乗られてこの有り様だ」
小鳥をじっくり観察し始めた茶髪の男は突然電撃が走ったようにピンと背を正す。
勢いのまま奥へ走っていき、分厚い本を手に戻ってきた。
興奮したままページをめくっていくと、瓜二つの青い小鳥が描かれた箇所を見せてくる。
鼻息の荒い男が持ち上げた本のページには【幸運を運ぶ鳥シャンアス】と書かれていた。しかも、ただの資料や図鑑ではなく下の方を良く読むと金額まで書いてある。
ただの小鳥でないことは明白だった。
また、ページの右上に動物と分けるため定められた紋章が刻まれている。
「……魔法生物だったのか。しかも、捕獲金額が金貨百枚」
「豪邸が建てられますよ!? そう言うことなので……ここに置いていかれると困ります」
やんわりと断られた。
金に目をくらませるような自警団ではないらしい。
金銭にも興味がないアレスだが、同じ立場だったら売り払っていそうだと思っていた。
しかも、フェリちゃんと名乗っていた小鳥は自警団の詰所へ連れてきてから一言も喋らない。一応、探している人はいるか調べてもらうが、該当しなかった。
頭の良い小鳥を凝視しながら、アレスは諦めて施設の外に出る。
幼女は喜んでいるような眼差しを小鳥とアレスに向けていた。小鳥も調子に乗って「フェリちゃん、かわいいねー」と言っている。
ただ、自警団の施設を出てから複数の視線を感じていた。茶髪男の声が大きかったせいか、厄介事の匂いしかない。
しっしと手で追い払っても、面倒くさくなって強引に掴んで空へ投げ飛ばしても小鳥は戻ってきた。
「……この小鳥……焼き鳥にして食っちまうぞ」
「フェリちゃん、おいしくない。やさしいひと、わかる」
本当は魔法具かもしれないとひっくり返してフワフワした羽毛を触ってみたが、温もりのある血の通った生き物だと思い知らされる。
魔法具とは、魔法の使える一部の者たちが作り出した便利道具だ。基本的に魔法の劣化版で、いまでは一般人にも普及されている。呪いに精通した呪い師は魔法使いじゃないらしい。
ただ、この世界に魔法使いは少ないため大きな町じゃないと店もなく購入出来なかった。
やけに大人しく触り慣れてる小鳥だったが、なぜか幼女の元へは行かない。
アレスとの身長差で背伸びしても手が届かないが、明らかに避けているようだった。
曇った表情をしても泣いたり悲しんだりする姿は一切見せない幼女だが、代わりにショックで固まっている。
「フェリちゃん、かよわいからね? すぐにぺちゃんこ」
「……この鳥、見た目によらず物凄いことを言ってるぞ」
さすがの幼女も泣き出すかと思ったが、魂の抜けた顔で天を仰いでいた。
ただの小鳥じゃないのは分かったが、幼女の強さも分かっている。アレスは避難所扱いだと分かって再び投げ飛ばすが、すぐに戻ってきた。
身体能力を強化されているアレスだが、力の扱い方は上手いことも見透かされている。
小鳥に構っている暇もなく、ため息をつきながら再び町を出た。
小鳥は相変わらず「フェリちゃん、かわいいね」と聞いてもいないことを言ってくる。
だが、小鳥のつぶらな黒い瞳は一心に背後へ向けられていた。




