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揺れる月と海獣4



(ナナ、この頃ずっと調子が悪いよな)




レノはいつものように窓辺にもたれかかり、先人の残した魔道書をパラパラとめくる。


 


(これにも載ってないや)




レノが放り出した両足の上には、結構な重さの古書が(おびただ)しく山を成している。




物心ついたときから、塔が全てだった。


変わらぬ窓辺の景色と髪を(もてあそ)ぶ潮風、塔のふもとには見慣れた棘の森。




そして、月が美しさを称える真夜中。


レノは祈りの歌を捧げてから眠りにつかなくてはならない。




何故かはわからないけれど、唐栗人形(ドール)たちにそう教えられたので従っている。


レノもそれが当たり前で疑問をもつこともなかった。




従順、といったこともなく即ち【諦め】の姿勢なのだ。


もっとも、物心ついたときから唐栗人形(ドール)に言われるがまま日課をこなすが


生きる理由も死ぬ理由も、反抗する理由なんかもはとくに見当たらない。それだけだ。




いつのことだったろうか。


塔の外へ出たくてたまらなかったので、こっそり螺旋(らせん)階段を下ってみた。


まるで巨大な巻き貝だ、とレノは思った。




ヒュオオオオオオオオ…




遥か下の方から冷たく肌を突くような鋭い風が流れてくる。




すぐそこにある古びた木製のドアを(へだ)てただけなのに、まるで別世界の空気を(はら)んでいる。




脚をひきずるようにして


慎重に階段を下ろうとした。




音も気配もなく


いつの間にか真後ろにナナが(たたず)んでいる。




「お戻りください」




抑揚のない、無機質な声色。


見つかってしまった。 




「ナナ…俺、塔の外に生きたいんだ」




ナナはかんはついれず




 


カタ…カタカタカタカタ…カタ…!




塔が小刻みに揺れ始めた。


今日はいかほど沈むのだろう。


気の遠くなる月日と共に、役割を果たしてきた塔は年に数センチずつ地盤へ沈んでいる。




いつもよりも振動が長く続いている。


卵の殻のようにひび割れた石の天井から、ぱらぱらと欠片(かけら)が落ちてくる。


レノはきゅうっと目を(つむ)りやり過ごす。


小石が入るといけないからだ。




腐食し変色した簡易棚から、バサバサと書物が床へ叩きつけられる。








ナナは、唐栗人形のなかでもとりわけ(ふる)い型式のようだ。



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