8.それでも終わらせない
七種結乃花の結婚式に出席した実音たちは、その日の夜、高校の部活を引退した日に訪れた店にて同窓会を開いた。社会人ばかりで予定が合いにくいため、こういう時でないと全員が揃わない。主役の七種も遅れて顔を出し、場は盛り上がった。
「ゆのん、やっちゃ(すごく)綺麗だったよ!」
「あのベール、手作りなんだって? ゆのんらしくて可愛かった!」
「ありがとう」
「こっち来て大丈夫? 旦那さんは?」
「向こうも大学のサークル仲間で集まっとるけん、よかよか。彼も『楽しんできて』って送り出してくれたんよ」
「いい人捕まえたね。見た目ゴリラでも、いい人そう」
「ゆのんは上手く転がすタイプだと思う」
「あの人、ゆのんにベタ惚れって感じだったもんね」
「私もあんな人ゲットしたかね。みんなはどう? 相手おる?」
「はいはーい! わたし、すこぶる順調!」
近況報告タイムで、真っ先に手を挙げたのは海だ。
式の前から泣き出した彼女のことを、初めは初対面の者たちも微笑ましく思っていた。しかし、あまりにも泣き方が激しかったせいで次第に引き始めた。ブーケトスでは泣き止み一番前でキャッチをする気満々だったが、指で弾かれたそれは造酒迅美の腕の中にすっぽりと収まった。
「仕事も恋も充実しとるよ!」
「東君、やっぱり変わった趣味しとるよ」
「海のどこがよかったのかな?」
「海って保育園の先生なんよね? ……見えん。子供が子供と戯れとるだけじゃなかかね?」
「同類」
「ぽっちゃりしとるけん、ゆるキャラ的な感じで人気とか?」
「あー、なるほどね」
「今『ぽっちゃり』って言ったの誰だー!」
海はまだまだ若手の保育士である。書類のミスが多く、片づけも苦手で先輩保育士たちにいつも叱られている。だが、子供たちに大人気だ。
無尽蔵の体力を持つ園児と対等に走り回り、安全を確保した上でアクロバティックな動きを見せ喜ばせる。散歩中は大声で歌を歌って近隣住民から好奇の目を向けられるが、途中で立ち止まる園児が出ずスムーズだ。ほかにも、美味しそうに給食を食べる海は良いお手本となり、嫌いな食べ物を克服する子供が増えた。遊び疲れでお昼寝への移行も早い。ただし、たまに海も寝てしまう。絵本の読み聞かせでは、感情が豊かすぎてとてもウケが良い。苦手だったピアノも一生懸命弾き、たまにクラリネットを吹いて周りを明るくする。また、彼女は人間関係で悩む同僚を笑顔にさせたり、育児で疲れた親にも寄り添う。
海がきちんと仕事をしている想像ができない者たちに対し、元クラリネットパートのほかの三人は彼女を援護した。
「それがね、立派にやっとるみたいなんよ。家遊びに行った時、保育に関する本が何冊もあったし。海のくせに、ちゃんと勉強しとる」
「オンラインゲーム中、たまに言葉がそれっぽくなるよね。『これ、ないないね』とか『あのぶっぶー乗ろうよー』とか『あんよが重たかね』とか」
「こっちまで精神年齢下がった気分だったよな?」
「無意識に出ちゃうんだって!」
この四人は、今でもたまにリアルやオンラインでゲームをする仲だ。仕事のストレス発散に、ゲームは役立っている。
「海が先生ねぇ」
「わたしにとって、保育士は天職だよ!」
「楽しく仕事ができるって羨ましいなぁ」
「のりちゃん、どこで働いとるんだっけ?」
「福祉施設と芸能事務所。障がいのある子のお世話はね、大変なことももちろんあるけどやりがいがあるし、心が癒されることもあるよ。問題はもうひとつの方」
「何言っとるん? プリンスのマネージャーなんてやりたくてもできないんだよ?」
「こすかー(ずるい)」
「こすかねー(ずるいよね)」
法村風弥は、プリンスママに逆らえず後輩の芸能活動を裏で支えることになった。一応、彼には専任のマネージャーがいる。だが、その男は仕事ができない。それは一緒に働いていてよくわかった。なぜプリンスママが頼んできたのかもこれで理解した。彼はどこかの誰かを彷彿させる。彼女はそのマネージャーの補助としてスケジュールの管理をしたり、差し入れや移動手段や宿泊場所の手配をしたり、新たな仕事を取りに走り回ったり、実際に現場へ行って西田嬉奈からプリンスを守るということをしている。
身体がボロボロになって疲れが溜まっているが、法村は本職の方を辞める気はない。部活のボランティアで関わったことがきっかけとなり進んだ道を、責任持って続けるつもりだ。
「マネージャーなんだ? オレのもやってよ!」
「遠慮しとく」
「じゃ、ヌイヌイでもよかよ?」
「断る!」
副業で芸人をしている泓塁希のマネージャーは、一ヶ月も立たずに担当タレントの変更を申し出た。彼の奇行に耐えられなかったのが原因で、事務所は仕方なくそれを受け入れた。
現在泓のマネジメントは先輩芸人のマネージャーが兼任して行っており、いつ倒れてもおかしくないほど疲れている。
「仕事なら、実音ちゃんの職場の方が大変でしょ?」
「パワハラされとらん?」
「セクハラされたら、私たちが殴りに行くけんね」
「ありがとう。でも、どっちもされてないから心配しないで」
実音は、大学に在籍中からバイトをしていた会社へと就職した。社長は高校生の時から世話になっている暴君だ。
彼女たちは現役の吹奏楽部員を中心に日々サポートする仕事をしており、地方への出張も多い。成長著しい会社の主力として彼女は働く。
「そうだ、はやみん! 一丸とはどうなったと?」
「そうだよ! あいつ、次はいつ帰国するん?」
「サインもらっといて!」
「え? あ、うーん。どうだろう? 試合に集中しすぎて、長いこと連絡寄越さんことよくあるけんね」
「ふたりがくっついただけでもよかったよ! こっちがどんだけヤキモキしとったことか!」
「今日の写真送ったら? それもブーケつきで」
「あいつなら勘違いして慌てて飛んできそう」
「それあるね」
「一応プロポーズはしてもらったんよ? ウチがなかったことにしただけで」
「マジか!? その話、詳しく聞かせて!」
大三東高校吹奏楽部は、実音たちが卒部した次の年度のコンクールでも、見事全国大会への出場を叶えた。
自由曲に選んだのは、島原大学との合同演奏会で披露した『ローマの松』。初心者として入部したオーボエの林田巴子はコールアングレ、北浦奈也もファゴットでソロを吹ききった。また、バンダのひとりであるトランペットの有馬咲太郎も、堂々とした音を響かせた。プリンスがまとめたこの年の演奏も、拍手喝采だった。
しかし、結果はまさかの銀賞。
引き続き指導を行なっていたネロもこれは予想外で、大三東の関係者以外も含めこの賞に納得した者はいなかった。課題曲も自由曲も両方減点する場面はなく、むしろ加点を見込める仕上がりだった。観客の反応も良い。それでも大三東と合わなかった審査員がふたり以上いた。物議を醸したコンクールにて「一金」を獲得したのは方南高校で、熱田西高校も僅差の二位。どちらの演奏も素晴らしかったが、大三東との間に差がそれほどあるようには聴こえなかったことで、暫くネットの世界でも大荒れとなった。プリンスが音楽推薦の入試前に体調を崩したのも、この時にかなりの精神的なダメージを負ったことが原因であった。
その翌年、リベンジで選んだ曲は『マイスタージンガー』。
部長はなんと北浦で、彼女がこの曲を提案した。二年前の演奏を超えるものを目指し、時には喧嘩をしながら切磋琢磨し合って、なんとか全国への切符を手にすることができた。
当日はたくさんの関係者が会場へ駆けつけ見守った。そして挑んだ十二分間は熱い魂を魅せる演奏で、なおかつ細部までこだわって研究してきた音を会場いっぱいに届けた。
この時の三年生は、過去の栄光も悔しさも知っている。迎えた表彰式で、全てを出しきった彼女たちへ贈られたのは「ゴールド金賞」。そしてそれは、創部以来初となる「一金」だった。
その後の大三東高校は、顧問の文凛太郎が異動となった。これは公立高校ならではの試練だ。
彼の後任の音楽教師がそのまま吹奏楽部の顧問を務めることになったが、その者は超効率重視で部活そのものに否定的な考えをする若い男性だった。校長も学業重視派の者へと変わり、部活の活動時間は大幅縮小。イベントも可能な限り削減され、当然コンクールの結果は県大会止まり。外部の立場である実音やネロたちも努力したが、なかなか難しかった。部員の確保と部活自体の存続を地域で守り、個人のレベルをできる範囲で高めることしかやれることはなく、再び大三東が全国大会へと進む日は遠い。
この現状を打破するため、何より吹奏楽が好きで入部した部員のため、実音たちは今も戦い続けている。
「さっきから、なんか忘れとる気がするんだよね」
「私も。なんだっけ?」
「誰か式場に置いてきたとか?」
「まさかー!」
「ううん。みんなおるはず」
「なら気のせいだよ」
「そっか」
「飲み物頼む人!」
「はーい!」
「ブンブンも頼む? ……あれ? ブンブンは?」
「へ?」
「ん? ブンブン来とった?」
「気づかんかった。トイレかな?」
「……ていうか、初めからおった?」
「式でも見とらん。……ゆのん。ブンブン呼んだ?」
「……あ」
「……この同窓会、幹事誰だっけ?」
「海」
「海ー! ブンブン呼んだ?」
「へ? ブンブンなら呼ん……どらん!? 忘れとった!」
「……」
「……また今度集まろ?」
「だね」
「ほら、定期演奏会の時とか」
「うん。そん時だね」
全員の記憶にあるのにもかかわらず呼んでもらえなかった文は、その頃ひとり家でくしゃみをしていたのだった。




