7.知らぬ間に時は進む
内山田花太は親友の大護と共に、島原市内にある居酒屋の暖簾をくぐった。そして空いている席に着き、とりあえず地元の酒と蒲鉾などの練り物を注文する。
「花太。あと何頼む?」
「白鉄火あれば食べたいなぁ」
「ヒラマサか」
「あ、大護は魚食べ飽きとるか」
「よかよか。ハトシロールもあるぞ」
「お、よかね。雲仙ハムも頼もうぜ」
高校時代は同じ野球部で青春を謳歌していたが、現在内山田は遠く離れた地で学生をしている。彼が帰省したタイミングで、こうして再会を果たした。
「向こうの学校はどうだ?」
「整理整頓は完璧にできるようになれたかな。あと、ラッパが鳴ればすぐ起きられる体質になった」
「へぇー」
「知り合いおらんと思っとったら、下の学年にバカみたいに声のでかいのが入ってきて、たぶんそれ大三東の吹奏楽部の奴なんだよね」
「自衛隊も音楽隊あるもんな。で、花太はこの次、海自の教育受けるんか?」
「そうだよ」
「俺たちの仕事場は、これから花太が守るのか」
「やっていけるか不安」
「いろいろ厳しそうだもんな」
「まぁ、うん」
内山田は海上自衛隊に入隊予定だ。日本を守るために働くつもりだが、大学での訓練は辛く挫けそうになったことが数えきれないほどある。その度に、大事な人たちが危険な目に遭ったと想像して、救うために力を振り絞って乗り越えてきた。平々凡々な彼は周りの学生より鍛え抜かれた身体ができていなくても、誰かの役に立つ道へ進んでいる。
「船に乗ったら、どこに行くのかもいつ帰るのかも言えん。次大護と会う時は浦島太郎状態だな。この四年間だって、あんまり外の情報が入らんことあったし」
「そっか。俺はこの四年、ずっと順調だ。実音と上手くいっとるよ」
「あっそ。よかったな」
「花太。カノジョは?」
「おらんよ。そんな暇はなか。……おる奴はおるが」
「実音に誰か紹介してもらうか?」
「いらん。俺も一途なんだ」
「片想いか。誰だ?」
「教えん」
「ということは、俺が知っとるのか」
「うっ……。教えんぞ」
「無理には訊かんよ」
「……ありがとう」
実は、内山田は想い人である七種結乃花へ、高校の卒業式の日にまた告白をしていた。予め外しておいた制服の第二ボタンを渡しながら想いを伝えたが、残念な結果で終わった。修学旅行の時と違ってはっきり「無理です。ごめんなさい」と言われ、立ち直るのにだいぶ時間がかかった。そんな状態で強制的な規則正しい生活を強いられた学生生活は、彼にとって丁度良いものとなった。
「それにしても羨ましいよなぁ。大護は初恋を実らせたんだろ?」
「ああ。幸せすぎて恐いくらい。会える頻度は減っても心が繋がっとる気がする」
「ふーん」
「これ、この前のダブルデートの写真」
「……音和って、本当に東と付き合っとるんだな」
「東の奴、去年北海道で長期の実習があって、それなのに海にそのこと言ったの向こうに着いてからだったんだぜ? 当然、報連相の少ない東に海が怒って俺の家で暴れとったよ。実音とあいつを宥めるのに苦労した。今でも、あのふたりがくっついたように見えん時がある」
「そうは言っても、結局続いとるんやろ? 四年かぁ。長かね」
「な。俺らはともかく、海たちがずっと一緒なのは奇跡だよ」
ふたりは酒をちびちびと静かに呑む。どちらもアルコールは強いが、身体に悪い摂取の仕方はしない。
ふたり分にしては量のあった料理も減ってくると、内山田は時間を確認した。
「もうそろそろ帰るか」
「そうだな」
規則正しい生活が染みついている内山田は、二件目に誘うようなことはせず家に帰りたいと思っている。彼は酔っていなくても少し眠かった。また、大護も帰って実音と電話をしたいと考えている。この時間は親友のために我慢しているだけで、本当は今もカノジョの声が聞きたい。
彼らは残りの酒も料理もパパッと口に入れ、帰る用意をし始める。
「そのうち、同窓会とかするんかな? 大護、聞いとらん?」
「いいや。ばってん、同級生の中にもそろそろ結婚する奴が出てくるけん、わざわざ決めんでも集まるやろ」
「結婚かぁ。カノジョもおらんのにそがんこと言われてもって感じだよ」
「早い奴はもうする。実音も海も式に呼ばれとる」
「へぇー。それって吹奏楽部の誰かってこと? あ、頴川とか?」
「いや、七種」
「…………え?」
「相手は大学の先輩とかだったかな? ……花太? どうかしたか?」
「……ごめん。誰だって?」
「だから七種だよ。高二の時同じクラスだったろ? 覚えとらんのか?」
「……」
「おい、どうした?」
「……浦島太郎状態じゃねーか!!」
突然大声で叫ぶ内山田に、大護は目を見開き驚いた。さっきまで顔色を変えずに酒を呑んでいた彼が、急に怒りながら泣き出し、周りの客の注目を集めてしまう。
「大護! 二軒目行くぞ」
「え?」
「まだ呑み足りん!」
「あ、おい!」
会計を済ませ外へ出た内山田は、次の店を探す。店内で騒がせたことを詫びていた大護は、はしご酒へ向かう親友を慌てて追いかけた。
「いきなりどうした?」
「大護!」
「お、おう」
「雅楽川さんでも音和でもよか。俺に誰か紹介できるのがおらんか訊いといてくれ!」
「わ、わかった」
「今日は呑むぞ! お前も最後まで付き合うよな? 明日休みって言っとったもんな?」
「……おう」
大護は肩を組んでくる内山田に同意するが、空いている手でカノジョに連絡を入れておく。
(今夜は遅くなりそうだな。実音には寝ててもらうか。……あぁ、声聴きたかったのになぁ)
カノジョとの日課を諦め、親友のために彼は呑み屋を歩き回ることにした。
七種は大学を卒業した後に挙げる自身の結婚式の準備として、招待客のリスト確認をしていた。
彼女の夫となるのは、大学でマネージャーとして勧誘してきたラグビーサークルの先輩だ。体格の良い好青年で、あだ名は「ゴリ男」。彼の優しい性格に惚れた。以前好きだった人物と重なる点があったが、それは考えないようにした。
七種が大学の友達の次に結婚の報告をしたのは、高校時代の部活の仲間たち。一番早く返信があったのは同じパートだった御厨萌々巴で、彼女はクールに短く「おめでとう」と伝えてきた。絵文字もスタンプもないのが実に彼女らしい。その後も、海からは電話がかかってきて、泣きすぎで何を言っているのかわからない祝福の言葉をもらった。また、実音にも心から祝っているのが読み取れる内容のメッセージを送ってもらった。同じ人物を好きになって、一方的にギクシャクした雰囲気を作ってしまったことが、遠い昔のことのように感じられた。
(思ったより多くなっちゃったなぁ)
あまり大規模な式にするつもりはなかったのだが、同級生だった部員たちが来たいと言ってくれたことで、当初の予定よりかなり新婦側の招待客が増えそうだ。
半年前にはパートの先輩でもある本多永世の式に招待してもらい、そこでイメージは掴めた。本多の時も、ひとつ上の学年の部活の先輩たちが多く訪れていた。ちなみに、本多のパートナーは大学の相撲サークルで知り合った身体の大きな人だった。
(来てくれる人みんなに喜んでもらえるような、素敵な式にしたいなぁ)
内山田のことなどすっかり忘れている七種は、幸せいっぱいな気持ちでリストを眺め、愛する人の帰宅を待つのだった。




