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がんばらんば〜After〜  作者: 尋木大樹


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2.挨拶はお済みですか?

「今年のマテ貝も美味しいね」

実音(みお)が手伝ってくれたけん、去年よりうまか」

「やっぱりうちのジャガイモが合うね。(しゅう)君、美味しい?」

「……うん」


 実音と(うみ)大護(だいご)(あずま)柊は、高校を卒業してもまた集まり一緒に貝掘りへ出かけた。

 今回は実音も調理を担当し、大護からマテ貝の扱い方を習った。付き合いたての初々しいふたりが、人の家の台所にて仲良く会話をしながら料理をしている一方で、海と東は座ってただ猫動画をスマホで鑑賞した。前回マテ貝の美味しさを知ったが、やはり生きていた貝を触って肌で感じてしまっため、東には食べる前に気持ちを落ち着かせる行動が必要だった。海は好きな人と一緒にいられるのなら、そこに会話がなくても耐えられる。

 そして料理が完成し、現在四人は大皿に箸を伸ばして旬の味をお楽しみ中だ。


「実音。ひとり暮らしはどうなの?」

「ほぼ寝るために帰ってるだけだから、なんとも」


 実音は今、島原大学に近い女子寮で暮らしている。南島原の家から通えなくはないが、部活の終了時間が遅いため睡眠時間を確保するべくこの選択をした。


「大護は遊びに行ったと?」

「あそこセキュリティ厳しいんだよ。男子禁制で入れん」

「それなら暴君も来られんけん、安心だね」

「東君も、そろそろ引っ越すんだっけ?」

「ああ」


 東は島原にある母方の実家で暮らしていたが、近々母親とふたりでそこを出る予定だ。理由は猫と暮らすためである。今の家には猫アレルギーの従兄弟がおり飼えなかったが、これで東京から愛猫を呼ぶことが可能となる。


「柊君、ニャンコたちに会えるの楽しみにしてるんだよね!」

「ああ」


 言葉は素っ気ないが、東が嬉しそうなのが三人にはわかった。


「引越しかぁ。わたしもしたかったなぁ。ま、実家の方が柊君といっぴゃあ(たくさん)会えるけんね」


 海は短大へ進学したが、自宅から距離が離れた場所へ毎日通っている。彼女の両親は、娘にはひとり暮らしが不可能だと判断した。


「そういえば、(りく)ってふたりの関係知っとるんか?」

「言ったよ」

「マジか。で、なんて?」

「え? 普通に『あっそ』って。陸は妹の恋愛に興味なかね」

「それ、たぶん冗談だと思われとるぞ」

「ただいまー!」

「あ。噂をすれば」


 海の兄の陸は、作業着に土をつけたままリビングに入ってきた。


「陸さん、お邪魔してます」

「お。実音ちゃんおったんか。ゆっくりしてって。そい(それ)はマテ貝か? シャワー浴びたら食べるけん、残しておけよ」


 そして彼は浴室へと消えた。


「おい、東! 今すぐ帰れ!」

「なしてそがんこと(どうしてそんなこと)言うと!? 大護、最低!」

「バカ! 俺はこいつのために言っとるんだ!」

「東君。大護の意地悪に負けんでよ!」

「は!? どこが意地悪だ!」

「追い返そうとしとるとこよ!」


 幼馴染のふたりが口喧嘩を始めるが、東はマイペースにジャガイモを食べる。今さっき家に入ってきたのが何者かなど気にしていない。実音も、なぜ大護がこんなにも慌てているのかわからなかった。


「やぐらしか(うるさい)!」

「……陸」


 陸はカラスの行水のため、すぐに戻ってきた。しかもパンツ一枚しか履いていない。実音の視界に入らないよう、大護は急いで彼女の前に立ってあげる。


「実音ちゃん来とるけん、お前ら少しは静かにしろよな」

「陸こそ服着ろ」

「お? あ、すまんね」


 陸はその辺に落ちていたジャージを着て、冷蔵庫からビールを取り出す。そして、箸も持ってきてマテ貝を摘んだ。


「ビールに合うね! 大護が作ったんか?」

「それね、実音も作ったんよ。ね、実音!」

「実音ちゃんはいつでもお嫁さんに行けるな。ばってん、海はまだまだ子供やね」

「むぅー!」

「実音ちゃん聞いてくれよ。海、『カレシができた』とか変な夢見たんだって。現実と区別つかんみたいで可哀想になってくるよ」

「夢じゃなか!」


 海に蹴られながらも陸は笑うが、実音は笑えなかった。自然とその視線は東へ行く。


「ん?」


 実音の目線の先を辿った陸は、そこでようやく東が目に入った。


「お前、誰だ? 大護の友達か?」

「?」


 そこで「はい」と言わない東に、大護は悲しくなる。彼はこの動物好きの秀才を、親友だと思っていた。


「違うんか? なら、なんだ?」

「わたしのカレシだよ!」

「はぁ? んなわけなかやろ。妹の妄想が酷いみたいで悪かったな」

「いえ。妄想じゃないですから」

「…………は?」

「東柊です。海さんと交際しています」

「…………おい、表出ろや」

「陸、やめろ!」


 大護が止めに入る前に、陸は東の胸ぐらを掴む。


「ほっそい身体しおって、弱いもんに海は任せられん。今から勝負しろ!」

「勝負?」

「ひょっとして、喧嘩したことないんか?」

「ないです」

「そうか。一発で決まりだな。ほら、こっち来んね」


 目の前で、家の外へと連れていかれる東に実音は焦る。しかし、海を見ると呑気にマテ貝を食べていた。


「海! 止めなくていいの?」

「へ?」

「ふたり、喧嘩するみたいだよ!」

「そだね」

「え? なんでそんななの。ねぇ、大護君。どうしよう」

「俺にはもう止められん。とりあえず、怪我の処置ができるように救急セット持ってくる。海! お前も外出ろ!」

「えー」

「兄貴を抑えろよ!」

「仲良さそうやけん、なして止めるん?」

「どこが仲良さそうなんだよ!」


 海から箸を取り上げて三人が外に出ると、陸が東に襲いかかっていた。しかし、東は最低限の移動で攻撃を避ける。彼は何度も繰り出されるパンチや蹴りを躱し続けた。


「おまっ! お前……殴らせろよ!!」

「え? ……あ、はい。どうぞ」


 ピタッと止まって受け入れる姿勢をする東を前にし、陸は振り上げた拳をプルプルと震わせる。そして、腕を下げて全身の力を抜いた。


「殴れるかよー!!」


 陸の完全なる敗北だった。








 陸はその後、妹だけでなく弟のように思っていた大護もリア充になったことを知った。ショックで二階で寝込んでいる兄のことを放っておいて、海は食事を再開する。


「海。陸さんのこといいの?」

「よかよか」

「陸、可哀想に」

「それよりも、わたし実音に頼みたいことがあるんよ」

「何?」

「ピアノ教えてほしいの!」


 海は保育士を目指して勉強中だ。

 高校の文化祭で仲良くなった兄弟や、ボランティアで赴いた保育園で交流した園児や、パレードで迷子になって泣いていた子供との出会いが、彼女の将来を決めるきっかけとなった。そんな彼女はピアノが苦手である。右手だけなら弾けても両手は難しい。また、クラリネットとピアノでは楽譜の読み方が異なるため、そこが苦戦した。安い中古のキーボードを兄に買ってもらって、日々奮闘している。


「いいけど、そんな頻繁には……」


 実音も大学やバイトで忙しい。この日も夕方から部活がある。高校へも教えに行っているため、海だけのために定期的なレッスン時間を捻出するのは容易でなかった。


「なら、うちに来れば?」

「ほぇ?」


 実音に代わって提案したのは東だった。


「母さんが昔習ってたらしいし、今の家にピアノ置いてあるから。必要なら、次の家にもピアノ持っていく?」

「本当!?」

「うん。俺は構わないよ」

「よかったね、海」

「うん!」


 こうして、海は東ママのお世話になることが決まった。








「あー。ここの指が変になっちゃう」

「こうしてみたらどう?」


 東ママは楽譜に指番号を書き込み、スムーズな動きができるように海へ教えてあげた。

 彼女は島原へ帰ってきてからは夕方まで学校の調理師として働き、土日祝日は飲食店でパートをしていた。だが、息子がバイトの掛け持ちをして、大学にかかる費用を自分でなんとかすると宣言し、母親の身体を労わることを最優先として飲食店の仕事を辞めさせた。そして今は新しい住まいで、その空いた時間を海のレッスンに充てている。


「なるほど。この時点でこうするのか! さすがです、百合(ゆり)さん!」

「なんだか、海ちゃんみたいに若い子から『百合さん』って呼ばれるの、少し照れるわね。『おばさん』でいいのよ?」

「うーん、それはなぁ。あ、じゃあ、お義母さん?」

「うん?」

「えへへ。母親がふたりもおるって最高!」

「うん?」

 

 東ママは耳が遠くなったのかと思ったが、先へ進もうとする海に急かされて考えるのを止めた。








 

 海が帰った後、百合は猫吸いに夢中な息子へ気になっていたことを尋ねる。


「ねぇ、柊。海ちゃんとお付き合いしてるの?」

「そうだよ」

「……嘘でしょ」

「嘘じゃないけど?」

「だって柊、動物のことで頭いっぱいじゃない。人間に興味ないと思ってたわ」

「……」


 今の言葉に対し、東は否定することができない。


「……でも、猫みたいなもんだから?」

「……なるほど?」


 百合にとっても、海は普通の人間の女の子というより、どこか動物を相手にしているような感覚だった。元気に挨拶をしてきて、お腹が鳴った彼女にご飯を出してあげると、気持ちの良い食べっぷりを見せてくれる。だから妙に納得してしまう。


「そうは言っても、海ちゃんは女の子でしょ。大事にしてあげなさい。向こうのご家族の所にも、きちんとご挨拶しに行くのよ?」

「もうした」

「……え?」

「だから心配しないで」

「……」


 自由に猫と戯れる我が子を見ていると、母親として不安しかない。

 とりあえず、百合は初めてできた息子のカノジョを可愛がることに決めた。

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