婚約破棄の夜
煌びやかなシャンデリアが光を散らし、貴族たちの笑い声と楽の音が舞踏会場に響いていた。
その中央で、私――セシリア・アルバートは、人生最大の屈辱を受けることになる。
「セシリア・アルバート! お前との婚約は、ここで破棄する!」
声高にそう宣言したのは、私の婚約者であり、この国の第一王子エドワード殿下だった。
会場が一瞬にして静まり返る。
私の背筋が凍りつく中、殿下は隣に立つ平民娘の手を取り、誇らしげに言い放った。
「真実の愛は、彼女――リリアにある! 貴族のしきたりや名誉に縛られる偽りの婚約など、不要だ!」
――何を、言っているの。
耳が信じられず、心臓が締め付けられる。
周囲の貴族たちはざわつき、抑えきれない笑いを漏らす者すらいた。
「公爵令嬢も終わりね」
「平民娘に負けるなんて」
囁き声が容赦なく耳に突き刺さる。
殿下はさらに続ける。
「これからはリリアこそが俺の隣に立つ女だ! セシリア、お前は用済みだ!」
全身から血の気が引いていく。
けれど、私が言葉を発するより先に、場の空気を切り裂くような声が響いた。
「――愚か者め」
低く、鋭い声。
誰もが振り返った先にいたのは、黒髪に金の瞳を宿す青年。隣国ガルディアの第二王子、アレクシス殿下だった。
冷徹無比と恐れられる“最強の王子”が、悠然と歩み出る。
「愛だと? 己の立場も国の未来も顧みず、場を混乱させるのが愛か。……笑わせる」
アレクシス殿下は真っ直ぐにこちらへと歩み寄り、私の手を取り上げる。
温かな掌に包まれ、私は息を呑んだ。
「この令嬢は――俺がもらう」
その一言に、会場が爆ぜたようにざわめいた。
エドワード殿下の顔から血の気が引き、リリアと呼ばれた平民娘は目を剥いて固まっている。
「な、なにを勝手に――!」
「勝手? 笑止。己で宝石を投げ捨てておいて、拾った者に文句を言うか」
アレクシス殿下の金の瞳が冷ややかに光る。
その迫力に、殿下は口をつぐむしかなかった。
……屈辱の淵に沈むはずだった私の運命は、その一言で大きく変わったのだ。