賢者の書房
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眩い光に包まれ、トオルとリーゼロッテの姿が知恵の塔から掻き消えた。
次に彼らが目を開けたとき、そこは──
「……ここが、《賢者の書房》……?」
トオルがぽつりと呟いた。
目の前に広がるのは、信じがたい光景だった。
石造りの空間だが、冷たさより荘厳さを感じさせる大広間。その天井は高く、まるで夜空のように深い藍色に染まっており、中央には巨大な天球儀が浮かんでゆっくりと自転していた。各所に取り付けられた魔石灯が、ほのかで柔らかな光を灯している。
四方の壁はすべて書架。高く積まれた本棚は天井に届くほどで、いずれも丁寧に整頓されており、埃一つ見当たらない。
「……ダンジョン、じゃないのか」
トオルが周囲を見渡しながら呟いた。
「ここは、“ダンジョン化”していないみたいだね」
リーゼロッテが感心したように頷く。
「……管理が行き届いてる。つまり、アセノスの霊廟は、まだ“主”がここにいるってことか」
その言葉に、トオルの背筋がわずかに震えた。
確かに、空間には人の気配がある。
そしてその予感は、すぐに現実となる。
「……あそこ」
リーゼロッテがあごをしゃくって差した(ような気がした)先、書房の中心部──本が山のように積まれた巨大な机の前に、それはあった。
石像だった。だがただの彫刻ではない。
全高およそ5メートル。背筋を正した姿勢で椅子に座り、重厚なローブを羽織った青年の姿をしている。
そしてその瞳は、確かに“こちら”を見ていた。
「……よく来たな、異邦の者どもよ」
低く響く声が、空間に満ちた。
「私はアセノス。この《賢者の書房》の管理者にして、知識を護る者だ」
トオルとリーゼロッテは、思わず姿勢を正す。
「まさか……自分で名乗ってくれるとは」
トオルがぼそりと呟くと、リーゼロッテが肩をすくめた。
「アセノスはこういう奴だよ。きっちりしてるというか、律儀というか……とにかく堅物なの」
アセノスの石像は微動だにしない。
「我が意思は、この石の体に宿されて久しい。されど、我が書房は未だ崩れず、知の灯は絶えぬ。知恵の塔の台座に積まれた書物は、魔法陣を介してこの書房へと運ばれる仕組みとなっている」
「つまり……知恵の塔に本を捧げた人たちの知識が、全部ここに集まってるってことか」
トオルが目を見開く。
「その通り。そして私は今も、死してなおこの知を蓄積し、世界の変化を監視している」
リーゼロッテが思わず口を挟む。
「じゃあ……魔族が動いてることも?」
「察している。彼らは我ら英雄の遺した装備を回収し、霊廟を封じることで、その加護と影響を断とうとしているようだ」
トオルは思わず拳を握った。
「やっぱり……!」
アセノスの石造りの瞳がゆっくりとトオルを見据える。
「君が、“マモリの継ぎ手”となるか…」
トオルの背筋に緊張が走る。
それは、単なる問いではなかった。
アセノスは、かつての勇者マモリと、今へと繋がる秘密を知っているようだ。
「……君がこの先、知を求め、正しく用いる者であるならば。我が力を貸そう」
そう言ったアセノスの声には、試すような硬さと、どこか懐かしさが滲んでいた。
「さて……君に、知識の試練を授けようか」
その瞬間、机の奥にあった書棚が音を立ててせり上がる。
書房の奥へと続く階段と、その先に浮かび上がる幾何学的な光の輪。
「さあ、次は君自身の“知”を示す番だ。霊廟を巡る旅路、その始まりにふさわしい試練を──」
静かながら、確かな威厳を持った声が、書房に響き渡った。
──つづく。
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