囁きの森
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空気が変わった──。
「……ここが、『囁きの森』か」
死霊の寝床を後にし、地上に戻ってきたトオルが最初に目にしたのは、霧に包まれた鬱蒼とした森だった。木々の背は高く、枝葉が昼の日差しすら遮って、まるで常に夕暮れのような薄暗さを保っている。
ふよふよと浮かびながら、森の入り口を見つめる。
「じめじめしてるし、薄暗いし……雰囲気だけなら死霊の寝床より陰気だな」
とはいえ、この森は世間的には「危険の少ない、空気の悪いだけの森」だとされている。森の奥には“静かの源泉”と呼ばれる清水が湧いているらしいが、それ以外は特に資源も名所もない。
──なのに、なぜか、胸がざわつく。
「まあ、今の俺には、いろんな意味で“森”はありがたいけどな。動物系の魔物が多いなら、観察と祟りの実験にはうってつけだ」
トオルは森に足を──いや、火の玉のまま身を──踏み入れた。
*
森の中には一本道が通っていた。朽ちた看板には「東の森」と刻まれている。
「なるほど、森の中を東西に分けて呼んでるのか。ここが東なら、西側もそのうち行くことになるんだろうな……」
辺りは静かで、時折ピチピチという水音のようなものが聞こえる。それに混じって、草を踏むような、ザッというかすかな音も。
──何かいる。
直感で、トオルは道の端の木陰に身を隠した。
数秒後、ふわりと草をかき分けて現れたのは、全身が苔に覆われたような、小柄な植物の魔物だった。
「……マタンゴ、か?」
見た目はどう見てもダサ可愛いキノコだった。つぶらな瞳、ぷるぷると揺れる傘。おまけに動きがモタモタしている。
「……え、これが魔物? なんか……思ってたのと違う」
だが次の瞬間、マタンゴがぷしゅっと音を立てて胞子を噴出した。ぶわっと広がる紫の霧。
《観察》を発動。
――――――――――
【名前】マタンゴ
【種族】植物系魔物
【レベル】5
【HP】22/22
【スキル】毒胞子、しびれガス
――――――――――
「ふむ……スキルはデバフ系か。けど、物理属性攻撃だから俺には効かないな」
霧の中を突っ切って、鬼火をぶつけてみる。
ボウッとマタンゴが軽く燃えた。
「……ちょっとは効いてるっぽいけど、やっぱり火の通りが悪い。魔法耐性が高めなんだな、こいつ」
マタンゴは炎に焦るような素振りも見せず、モタモタと逃げる素振りを見せている。見ていて、なんだか微笑ましい。
「よし、これは……放っておいても良さそうだな」
マタンゴを横目に、トオルは再び森の奥へと進んでいく。
「この森、見た目以上にややこしいな。ルートも分かれてるし、迷いそうだ……」
そう呟いたその時、背後から微かに獣の気配がした。
耳を澄ます。低い唸り声。──フォレストウルフか。
「さて……歓迎してくれるみたいだな」
トオルは火の身体を回転させて、森の静寂に飛び込んだ。
*
囁きの森。トオルにとって新たな戦いと成長の舞台。
だが彼はまだ知らない。
この森の最奥で、彼が奇妙な“巨木”と出会い、そして“人間”との新たな戦いに巻き込まれていくことになることを──。
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