29.帰還の儀式
「さあ、そろそろ儀式の時間です。どうか礼拝堂へ」
フォーリアさんが告げる。
私はフォーリアさんにエスコートされるがまま、礼拝堂へと足を踏み入れた。
女神の椅子のふもとにはフォーリアさんの描いていた魔法陣がある。
舞踏会の大勢の来賓客の祈りによって、魔法陣は光を帯びていた。
「あの魔法陣がアマネさんの世界への入口です。心の準備が出来ましたら、いつでも帰ることが出来ます」
フォーリアさんが言う。
私の元の世界、学校があって、私はただの雨女で、お母さんがいる……。
帰りたい思いはないわけじゃない。女神の器になって消えたい訳でもない。
でも私には帰りたくない理由がある。それがあなた。
あなたなのに……!
私が迷っていることを察したフォーリアさんが近づいてくる。
そしてそのまま距離を詰めて、唇と唇が触れた。
そして彼は私を優しく魔法陣の中へと押しやったのだった。
「 、 」
もう音は聞こえなかったけれど確かに彼の唇が形作った言葉は、それは……。
私は涙が止まらなかった。
彼の方へ行こうとも手を伸ばしてもがいても凄まじい引力でそれは叶わなかった。
私の意識はそこで途絶えた。
***
未だ涙の止まらない瞳を開くと、知らない天井があった。辺りは暗い。
どうやら私の体から色々な管が繋がれている。
ここは……病院?私、本当に元の世界に帰ってきたんだ……。そう思うと余計に涙が止まらなかった。
やがて巡回の看護師さんが来て、あとからお医者様がわらわらとやってきた。
「奇跡だ」とか「初めての症例だ」とか言われて、人工呼吸器や管の一部が外されてれていったけれど、私はぼーっとして涙を流すばかりだった。
そして次の日、お母さんがやってきた。
「天音!!よく戻ってきてくれたわ!!」
そう言って私を抱きしめた。戻ってきた、という言葉にビクッとする。
「もう意識は戻らない、一生植物状態かもって言われてたのよ」
ああ、そういうことか。
「うん、戻ってきたよ。戻ってきたんだよ……!」
お母さんを抱き返そうとするけれどあまり力が入らない。なんでもずっと寝たきりだったので、歩くにもリハビリが必要との事だった。
私が確かめたかったのは髪の毛だった。誰も何も言わないということは変な状態ではないんだろうけれど、自分で確かめたかった。
車いすを押してもらって洗面台の鏡を見る。
そこには背中までの黒髪があった。
(良かった。女神の器になることはもうないんだ)
私はただの雨女の女子高生に戻った。
それは嬉しさもあったけれど、今までの旅も、フォーリアさんとのダンスも、キスもなかったことになったいうことで、やっぱり泣けてきた。
「……天音、泣くほど嬉しいのね、そうよね、お母さん毎日お見舞いに来るから、早く退院できるといいわね」
泣いても勝手に勘違いしてくれるのは良かった。良かったけれど、お母さんにだけは本当のことを話したいと思ってしまった。
リハビリも進んで、何とかひとりで歩けるようになった頃。
「天音、歩けるようになったのね。それで泣くなんてなんだか涙もろくなったわね」
「あのねお母さん」
「なあに、天音」
「私嬉しくて泣いてるんじゃないの、悲しくて泣いてるの」
そこで私は全てを話した。事故の後別世界に召喚されたこと、そこでは私は雨の巫女として雨を降らせる旅をしたこと、フォーリアさんという人がいたこと。その人が、大好きだったこと……。
その人は最後に「ずっと、あいしてる」と言ってくれたこと……。
さすがにお母さんも面食らっていた。そりゃあそうだ。植物状態で寝たきりだった娘がそんな大冒険に出ていたと話すのだ。信じてもらえるわけがない。
「天音……」
それは夢よ、忘れなさいって言うんだろうな。
そうして私もフォーリアさんのことをいつか忘れて、何事も無かったかのように生きていくのかと思うとさらに泣けてきた。
「なんで戻ってきたのよ!」
今度は私が面食らう番だった。
「そんなに泣くほど大切な人がいたなら、その人と一緒になるべきだったわ!」
「……お母さん?」
「私もお父さんと駆け落ちだったもの……あまり長くは一緒にいられなかったけれど、こうして天音という娘もできて、とっても幸せだった」
私の小さい頃、事故で死んでしまったお父さん。私はあまり覚えていないけれど、お母さんはお父さんが大好きだったんだ……。
「だから天音、今からでもその世界に戻りなさい。そしてその人と一緒になりなさい。それがあなたの幸せだとお母さん信じてるわ……。少し早い親離れだけど、いつか来る日だものね」
親離れ……。お母さんは背中を押してくれる。
でも今更どうやって、どうやってあの世界に戻ればいいの?
面会時間が終わり、お母さんが帰ったあと考えた。
また事故に遭ってみる?いやでも向こうから召喚されたのであって……。こちらからあちらの世界に呼びかける方法などないように思えた。
もし可能性があるとするならば……
(プルウィアさま……)
女神の力に頼る他ないと思った。
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