26.葛藤、旅の終わり
『考えてみたまえ、大勢の命と、自分という存在。どちらが優先されるべきかをね』
辺境伯の言葉が頭の中で繰り返される。私はまるで縛りつけられたように、晩餐会のその椅子から動くことが出来ないでいた。
「アマネさん!……辺境伯の言葉は気にしてはいけません。大勢のために犠牲になろうなど、どうか考えないでください!」
フォーリアさんに声をかけられてやっと我に返る。
「あ、フォーリアさん……」
「さあ、今日はもう休んでください。明日は早くここを発ちましょう。これでアマネさんの使命は終わり、旅は終わりです」
「いいんでしょうか、本当に旅を終えてしまって……。私の本当の使命は……」
「アマネさん!大勢のために犠牲にならないでください。誰かのためというのなら、どうか。どうか俺のためにいてください……」
「フォーリアさん……」
「これが俺のエゴかもしれないことはわかっています。それでも、俺はあなたを失いたくない!無事に元の世界に帰してやりたい……これが俺の願いです。どうか俺の願いを叶えてください……」
いつも冷静な『私』のフォーリアさんじゃない。『俺』と言うフォーリアさん。こんなに必死な姿、初めて見る……。
「……わかりましたフォーリアさん。もう女神の力も使いません。これで私の使命は終わり、旅は終わりです」
答えると、フォーリアさんは安心したように息を吐いていた。
「さあ、今日はもう休みましょう。客室までエスコートします」
「アマネ様、巫女の使命、見事果たされましたね。お疲れ様でした」
ケイティーさんがお風呂上がりの私の髪の毛を拭いてくれる。
「元の世界に帰られる前に、後悔のないようにしてくださいね」
「後悔?」
「フォーリア殿下のことですよ」
「フォーリアさんのこと……」
「私には後悔がありますから、アマネ様には私と同じようになって欲しくないのです」
ケイティーさんの後悔。一体どんなものだろう。
「……実は、私はかつてとある貴族の家の令嬢でした。そして、身分違いの恋に落ちたのです。我が家の庭師だった彼は、私と懇ろな仲になったばかりに殺されました。父は私を政略結婚に使いたかったのです。……私は後悔しました。父に露見する前に、駆け落ちでもなんでもしてしまえばよかった……。そして私は、生涯他の誰も愛さないと誓い、出家し神官になったのです」
「ケイティーさん……そんなことが……」
涙ながらに語るケイティーさんは私の手を取った。
「ですからアマネ様、フォーリア殿下のことがお好きならば、後悔を残さないように、愛する人の手を決して離さないようにしてくださいませ」
愛する人の、手を離さないように……。
寝間着でベッドの中に入る。でも眠れなかった。
今の私には考えることがありすぎる。果たしてこのまま巫女の使命を終えていいのか。辺境伯の言葉がまとわりつく。フォーリアさんとの関係をどうすべきなのか。ケイティーさんの言葉が繰り返される。
消えたくない。フォーリアさんが好き。フォーリアさんは俺のためにいて欲しいと言ってくれた。でも私を元の世界に帰そうとしている……。
フォーリアさんと一緒にいるには、この世界に留まるしかない。でもそれはいつか私が女神と一体化してしまうことも意味するのだろうか。私は誰かの為ならば女神の力を使うだろう……。それならば女神の再臨はなされて、人々は救われる?
わからない、何を選択すべきなのか、わからない。
いつまでも眠れずに、気づけば朝を迎えていたのだった。
朝食の席でも、辺境伯は私のことをつぶさに観察しているようだった。
「巫女殿、一晩考えていかがかな?女神の器として消える覚悟はできたのかい?」
「巫女は消えたりしません。元の世界にお帰しします」
フォーリアさんが毅然と言ってのける。
「私は巫女殿に聞いたのだがねえ、ガードが硬い」
くつくつと辺境伯は笑った。
「いづれにせよ、結論を楽しみに待っているよ、巫女殿」
結論……。今の私は結論を持たなかった。
馬車に乗り込み、一路王都を目指す。
ディーズさんもこのまま一旦王都に帰るとのことだった。
「なんか俺不謹慎なこと言ったよな、髪の毛かっこいいとか……すみません巫女様」
晩餐の席で私の髪の毛の事情も知るところになったディーズさんが謝ってくれた。
「謝ることないですよ!あの時は救われました……」
私は笑顔で返す。窓の外から見える景色は相変わらず砂漠のようだった。
「もう一度、雨を降らせて帰りましょうか」
「ご無理なさらないでくださいね」
フォーリアさんが心配そうにしてくれる。
私は目を閉じて胸の前で手を組んだ。胸の高鳴り……。俺のためにいて欲しいと言ってくれたフォーリアさん。それは私と同じ気持ちでいてくれているということ?あなたも私を好きでいてくれているの?
ドキドキ、水を空へ汲み上げる。ポタポタ、雲から雨が落ちてくる―――
女神さまの声は聞こえなくて安堵した。フォーリアさんもケイティーさんもディーズさんも、ほっとしてくれているようだった。
「これで本当に最後の使命でしたね、アマネさん、お疲れ様でした」
フォーリアさんがいたわってくれた。
……使命。本当にこれで終わりでいいのだろうか。私はまだ辺境伯の言葉の呪縛から抜け出せないでいた。
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