25.奇蹟の代償
事件の終幕を見届けてバリアシオン子爵邸に到着したあと、馬車に残ってくださいとフォーリアさんに告げられた。馬車の中に二人きり。
一体どうしたのだろう?
するとフォーリアさんが口を開いた。
「アマネさん、このまま王都に帰りましょう。そして元の世界に戻る儀式を」
「えっ、フェノーメノ辺境伯領はどうするんですか?」
私は驚いて問いを返した。
「それは……仕方ありません。このままではアマネさんは女神と完全に同化してしまう」
フォーリアさんは懇願の眼差しでこちらを見つめながら言う。
「アマネさん、もう二度と女神の力は使わないでください……!」
でも私は……。
「……はい、とは言えません。フォーリアさんや皆さんの身に危機が迫ればまた使います」
「アマネさん!」
「この力があればみんなを救えるんです!使わないわけないじゃないですか」
私の髪の毛はもう顎先まで水色に染まっていた。
「前にも言いましたが、人が女神の力に頼らない世を作りたいのです。ですから、アマネさんも無闇に力を使わないで欲しい」
「……ですが、女神の力が無ければフォーリアさんを助けられませんでした……。女神の力に頼ることはまだあるはずです」
「……それを言われると、何も言えません……」
これを言うのは自分でも卑怯だとは思う。それでもこの女神の力がなければフォーリアさんは今ここに居なかったかもしれない。いまさら力を手放せない。
「フェノーメノ辺境伯領へは予定通り行かせてください。雨を降らせるだけなら女神さまと同じにはならないみたいですから」
「……雨を降らせるだけです。それが済めばすぐ王都に帰ります。いいですね」
「はい、わかりました」
力を使うような何かが起こりませんように。
話し合いが終わると、フォーリアさんは馬車から降りるのを手伝ってくれた。
すっかり長期滞在になってしまったバリアシオン子爵邸に別れを告げる。
子爵は最後まで気弱だったが、ホーリックス商会が瓦解したので少しほっとしているようだった。
目指すはフェノーメノ辺境伯領だ。
「フェノーメノ辺境伯かあ〜俺あの人苦手なんだよな〜」
とは、ディーズさんの言。
「確かに、少し独特の御仁ではある」
珍しくフォーリアさんが同意する。
「アマネさんも、何か言われても気にしないようにしてくださいね」
「は、はい」
フォーリアさんにここまで言わしめるとは、どんな人なんだろう……。
フェノーメノ辺境伯領に入ると、そこはもうほとんど砂漠と言っていい有様だった。
これは早急に雨を降らせなければ。
胸の高鳴りを……。目を閉じて手を祈るように組む。フォーリアさんを治癒させたあと、ぎゅっと抱きしめてくれたこと。背中に手を回して抱き合ったこと……。フォーリアさんの確かな鼓動が戻って来たことが、嬉しくて、嬉しくて胸が高鳴ったこと……。ドキドキ、空に水を汲み上げて雲を作る。ポタポタ、雲から雨がこぼれ落ちる―――
フォーリアさんが心底心配そうな顔でこちらを見ている。ケイティーさんもだ。
「雨を降らせるくらい大丈夫ですよ」
二人を安心させようと笑顔で返す。ディーズさんも私の髪の毛には何事かあると勘づいているようで、二人の反応に微妙な顔をしていた。
「巫女様の髪の毛が水色になってるのはなんか悪いことなのはわかる。でもかっこいいと思うぜ、俺は」
「ふっ、あははは!たしかにグラデーションカラーみたいでこれも良いですよね」
フォーリアさんとケイティーさんは複雑な表情をしていたけど、私は明るくなれた。ディーズさん、ありがとうございます。
雨を引連れてフェノーメノ辺境伯邸へ到着した。
出迎えたのは長身で漆黒の衣服に身を包んだ男性だった。
「雨が降ったのでね、そろそろ来ると思っていたよ。フォーリア殿下、ディーズ殿下、雨の巫女殿、わが領地へようこそ」
フェノーメノ辺境伯は私の髪の毛を睨めつけるように観察していた。
「……その髪の毛、女神との一体化が始まっているといった所かね?」
「っどうして、それを」
私が思わず身を固くした。
「当て推量だったが、当たっていたか」
辺境伯はくつくつと笑い、相変わらず私の全身を舐めまわすように観察していた。
「辺境伯、その辺りの事情は後ほどお話しますので……」
フォーリアさんが前に出て遮ってくれた。
「ええ、ええ、まずは歓迎の晩餐会といこう。詳しい話はその席で……」
ニヤリと笑って辺境伯は屋敷へ引っ込んでいった。
晩餐会の席につく、辺境伯には一体何を聞かれるだろう。気が重かった。
私の髪の毛について、私が女神の器であることについて、フォーリアさんが代わりに説明してくれた。
辺境伯領を後にしたなら、すぐに元の世界に送り帰す儀式を行うことも……。
それを聞いた辺境伯は言った。
「なんともったいないことを!素晴らしいではないか、女神の再臨はなされる。我々はもう干ばつを恐れることはなくなる!」
辺境伯は興奮したように続ける。
「考えても見なさい。今まで干ばつで何人死んだ?巫女という一人の生贄でそれは解決される!それも巫女の使命なのだよ!受け入れ給え」
私は雷に打たれたように動けなかった。
フォーリアさんが私の代わりに辺境伯に抗議する。
「辺境伯!そのようなお考え、おやめ下さい!」
「殿下こそ私情が入っているのでは?国のことを考えればどうするべきかは自明のはず!」
「……っ!私情などありません、生贄など人道に反する行いです……」
「まあ、巫女殿もよく考えてみたまえ。大勢の命と、自分という存在。どちらが優先されるべきかをね……」
辺境伯は私の肩を叩いてささやき、晩餐の席を後にした。
私はと言うと、身じろきひとつ取れずに椅子に座っているのがやっとだった。
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