21.凶刃
子爵邸に戻ると、相変わらず子爵は気弱そうだったが、枯れ井戸が蘇り、ホーリックス商会の悪徳商法は成り立たなくなりそうだという知らせには心底ほっとしているようだった。
「明日にはここを発ちたいと思います。長期間お世話になりました」
フォーリアさんが挨拶する。
「良かったな子爵!巫女様のおかげで問題解決だ!」
ディーズさんがバシバシと子爵の背中を叩いていた。
「ディーズ!何をしている!弟が失礼しました……」
フォーリアさんがディーズさんにゲンコツをしていた。
晩餐会ではいつもより豪華な料理が供された。
「巫女様へのお礼でございます。すみません!」
とは子爵の言。申し訳ないけれど、これもご褒美として受け取っておこう……。
毎日のルーティンになったフォーリアさんのお部屋点検を終え、おやすみなさいと挨拶して解散した。
「殿下も心配性ですねえ。今まで何もありませんでしたのに。これも愛ゆえですね……!」
「もう、ケイティーさん……!」
からかわれてしまった!恥ずかしさを誤魔化すようにお風呂場に逃げた。
お風呂から上がると、ケイティーさんが髪を拭くために鏡台で待ってくれているはず、が、そこに居たのは知らない顔だった。私はその場に立ち尽くす。
「わたくし当家のメイドのサラでございます」
見たことの無い顔。名前も初めて聞いた。
「ええっとサラさん?ケイティーさんは……?」
「ケイティー様はどうやら急病のようで倒れられました。代わりに私が巫女様のお世話を仰せつかりました」
ケイティーさんが、急病!?さっきまで元気そうに私をからかっていたのに!?
「ケイティーさんはどこですか?ケイティーさんに
会わせてください!!」
「しかし、そのままでは御髪が……」
サラさんがタオルを持ってこちらに近づいてくる。
「大丈夫です、それよりケイティーさんが心配です!」
私は部屋の扉へと歩を進めた。
「……チッ」
舌打ち?……誰が?……サラさん?
振り返るとそこにはナイフを構えたサラさんがいた。
「……ッ!」
「アマネッ!!」
急に開く扉、フォーリアさん!?どうしてここに?
フォーリアさんに肩を掴まれてその身の後ろへと隠される。
サラさんの握ったナイフはフォーリアさんの胸へと吸い込まれていった。
ザクッ!!
刃物が肉を切り裂く音。飛び散る赤い血―――。
「フォーリアさんっ!!」
フォーリアさんが床に倒れ、ナイフを乱暴に引き抜き廊下へと投げ捨てる。
「毒だ!触るな!」
いつの間にかそこにいたディーズさんがサラさんを取り押さえていた。
「おっと、死なせねえよ!」
何やら薬を飲み込もうとしていたサラさんを吐かせて、口にタオルを噛ませて猿轡にしていた。
「フォーリアさん!フォーリアさん!!!」
胸の傷口から血が止まらない。その辺にあったタオルを押し付けて止血を試みる。
それでも刺された胸からは血がドクドクととめどなく溢れてくる。もっと強く圧迫しないと!
「アマネさん……お怪我は……」
「私は大丈夫です!!それよりフォーリアさんが!毒ってどういうことですか!?」
「……どうも……痺れが……ゴフッ!」
フォーリアさんが血を吐いている。なんてこと、なんてとが……!
「お医者様は!お医者様はいないんですか!」
私は叫ぶ。騎士団の人たちや子爵がバタバタとやってきて、その中にはお医者様もいたようだった。
フォーリアさんはとりあえず私の部屋のベッドに運ばれ、お医者様の診察を受ける。
「脈が異常にに低いですな……」
「……ナイフに毒が塗られていたらしい……」
サラさんを騎士団に任せたディーズさんがお医者様に言う。
「それは……毒の種類が分かりませんことには解毒が出来ません……」
「今すぐ毒の種類を調べててくれ!」
ディーズさんはナイフを医者に差し出した。
「しかしナイフからでは何日かかるか……」
「……チッ!騎士団!その女を拷問しろ、なんとしてでも吐かせろ。子爵、血で汚れてもいい部屋をお借りしますよ」
ディーズさんが騎士団に命じている。
「でしたら、地下の牢を……!ああ、なんてことだ!すみませんすみません……!!」
子爵もこの上ないほど取り乱しているようだった。
そんなやり取りを後ろに聴きながら、フォーリアさんの傷をずっと抑えていた。血が止まらない……!
「フォーリアさん!私が分かりますか!フォーリアさん!」
「…………アマネ……さ…………」
だんだんフォーリアさんの意識が遠くなっていっているのがわかる。このままじゃダメだ!話しかけ続けないと!
「フォーリアさん!しっかりしてください!寝ちゃダメですからね!絶対助かりますからね!!」
「…………アマネ……指を……」
「フォーリアさん!?指?指がどうかしましたか!?」
「……小指を…………」
「……小指……」
朦朧としたフォーリアさんが右手を持ち上げている。私は小指を絡めた。
「……俺が……かならず……アマネを……もとの……せかいに……」
「……っ!こんなときにまで!」
息も絶え絶えにそう言い終えたフォーリアさんの手はだらりと下がってしまった。
「フォーリアさん!フォーリアさん!!!」
私の叫びは虚しく響くだけだった。




