17.ロベルト地方へ
ロベルト地方へ出立する日がやってきた。
騎士団の皆さんの装備がいつにも増して厳重で、治安の悪い地域に赴くことへの緊張が少し増した。
でも、私のやることは変わらない。雨の恵みを届けること。
「フォーリア兄、巫女様、行ってらっしゃいませ!……進展も待ってますよ」
最後に小声で付け加えたロザリンドさんがこちらにウインクする。
「お気をつけて、いってらっしゃいませ!」
シーリアさんが一生懸命言ってくれる。
「兄上、巫女様、どうぞお気をつけて」
「ああ、行ってくる。サートゥル、留守を頼む」
「はい、確かに」
サートゥルさんが胸を張って答える。
御三方に見送られて、馬車に乗り込んだ。
いつものように騎士団の隊列と馬車とで城下町を抜ける。
もはやお決まりになった馬車からのお手振りも慣れたものだ。こんなに沢山の人が応援してくれる。なんだか不安の種はあるけれど、頑張ろうと気持ちを新たにした。
ロベルト地方へは王都からひたすら南下する。
盗賊に遭遇することを避けるために、なるべく夜間に移動することを控え、最短距離のブリランテ伯爵邸へ向かう。
馬車の中は相変わらず隣にケイティーさん、向かいにフォーリアさんが座っている。
「フォーリアさんの言っていた。女神さまに頼らない、干ばつの対策ってどんなものですか?」
神官でもあるケイティーさんの前で聞くには少しはばかられたけれど、他に話題もなかったので聞いてみる。
「まだ空想上のものでしかないんですが、人の力で湖を作り、水を貯めて置くというものです。雨が少なくなれば、そこの水を使えばいい。こんなことが出来るかどうか、検討もつきませんが……」
ん?それって……。
「フォーリアさん!それって私の世界にはありました、ダム、って言うんですよ!」
「本当ですか!?ではこの世界にも作れるでしょうか?」
フォーリアさんが身を乗り出して言う。
「あんなに立派なお城が建てられるんですから、きっと出来るのでは……。まあ、私もそんなにダムに詳しい訳では無いので、自信はないんですけれど……」
「ダム……ダムですか……!いつか必ず、作ってみせる……! 」
フォーリアさんは目を輝かせて呟いていた。少年のように輝く瞳から目が離せなかった。
「ここからがロベルト地方です、ブリランテ伯爵領ですね」
窓の外を見ていたフォーリアさんが教えてくれる。
確かに緑は少ない。進んでいくと地面がひび割れているようなところもあった。砂漠化が進んでいるというのはこういうことか……。
「早く雨を降らせましょう。今やってみます」
「大丈夫ですか?アマネ様」
「無理せずとも伯爵邸についてからで大丈夫ですよ」
ケイティーさん、フォーリアさんが心配してくれた。
「コツを掴んできたんです!出来ると思います」
目を閉じて胸の前で手を組む。
さあ、何を思い出そう。さっきのフォーリアさん、少年のように夢見る輝く瞳……。思い出すと胸が高鳴る。ドキドキ。ダムを作るその時は、私も隣にいられたらいいな……。そんな甘い妄想も胸の高鳴りを加速させてくれた。
ドキドキと空に水を組み上げ雲をつくる。その雲から雨がポタポタ落ちてくる……。
よし、うまくいった。
すっかりコツを掴んで雨を降らせるのはお手の物ともいえるかも……なんて買い被りすぎかな。
「お見事です、アマネ様」
ケイティーさんが褒めてくれる。
「ありがとうございます!これで効率よく雨を降らせていけますよね!」
「……アマネさん、あまり無理はしないでくださいね」
「はい、大丈夫ですよ!」
フォーリアさんが心配してくれた。でも少し心臓をドキドキさせるだけだ、なんてことはない。
ざあざあと雨音のなか、隊列は進み続けた。
やがてブリランテ伯爵邸に到着した。まるで隊列が雨を引連れてきたようになったので、それをブリランテ伯爵が驚きとともに迎えてくれた。
例によって晩餐会での歓待を受け、お部屋を借りる。
お風呂あがり、ケイティーさんに身支度を手伝ってもらっていると、ケイティーさんが口を開いた。
「殿下があのようなお考えをお持ちとは、知りませんでした」
「そうですよね。ケイティーさんは神官さんなんですもんね、ああいうのはお嫌でしたか」
「いいえ、我々の祈りに限界があるのはわかっていましたから……」
ケイティーさんは意外な返事をした。でも考えてみれば、このエピファネイア王国では干ばつが起こっていて、それを解決するために私が召喚されたんだ。
それは祈りに限界があると言えるかもしれない。
「女神様は言うなれば我々の親です。私たちも親離れの時期が来るのかもしれません」
「親離れ……」
お母さんの顔をふと思い出した。親離れか……。私は強制的に親離れさせられたようなものだけれど、帰れるのならば、親孝行をもっとしたいと思った。
―――深い夢の中、一人の女性が現れる。白いドレスに長い水色の髪を靡かせて……。
(……我が巫女よ……)
女神さま……?
(……わたしの……うつわ……)
うつわ……器?
(……わたしに……その身を……)
私を一体、どうするつもり……?
ハッと飛び起きる。伯爵邸の客室のベッドの上だ。室内は闇を吸い込んだように暗い。まだ深夜だろう。
初めて女神さまの姿を見た。
(水色の髪、プルウィアさま……)
女神さまの声の意味を考える。
私の器……。私が女神さまの器。200年前の巫女が嫌がったこと……。嫌な想像が過ぎって冷や汗が背中に伝う。
どうかこの想像が的はずれなものでありますように……。
私はそれ以上眠れなくて、暗闇の中、朝が来るのをベッドの中で待っていた。
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