10.二度目の奇蹟を
「……巫女様も長旅でお疲れなのでしょう、さ、いかがです、一旦お茶会でも!」
痺れを切らしたようにシルヴァーホーク伯爵が周囲に呼びかけていた。伯爵夫人や子息達は屋敷に引っ込んで行ってしまった。野次馬の領民からも最初の熱気は失われ、白けた雰囲気がただよっている。
祈り始めてどれだけ経ったろう、体感では三時間くらい……。一向に雨が降るどころか雲ひとつない空がそこにはあった。
「……アマネ様」
フォーリアさんが気遣わしげにこちらを窺ってくる。
「私は結構です。ここにいます」
「アマネ様、私もお供します」
フォーリアさんはそう言って私と共にいてくれた。
ケイティーさんも残ってくれようとしたけれど、彼女もずっと祈ってくれていたので、休憩してもらうように勧めた。
フォーリアさんと二人になると、申し訳なさが溢れてくる。
「ごめんなさい、ごめんなさいフォーリアさん。私はやっぱり雨の巫女でもなんでもなかったんです……」
「……アマネ様……」
ただの雨女。それが私。大事な日には雨が降る。でもそれは私の意思で降らせている訳じゃない。
最初の奇蹟はただの偶然。そうだったんだ。
「アマネ様……私に出来ることなら何でも致します。何でもです」
「フォーリアさん、お気持ちは嬉しいです。でも私は雨の巫女じゃなかったんです。もうそんなに畏まらなくていいんですよ。」
「しかし……」
フォーリアさんも雨を降らせられない私にどうしていいか分からない様子だった。
そうだよ、フォーリアさんが私を召喚したんだ、わたしが役に立たないことでフォーリアさんが咎めを受けるかもしれない。そう思うと申し訳なさ過ぎて泣けてきた。
「ううっ……ごめんなさい……役に立たなくて……雨の巫女じゃなくて……! 」
次々に溢れ出てくる涙を、フォーリアさんが拭ってくれる。
「……アマネ様、しかしあの日は確かに雨の奇蹟を起こしてくださいました!アマネ様が雨の巫女であることに間違いはありません! 」
「あの時はたまたまなんです!私の誕生日だった、私の特別な日だったから……!……特別な日……」
ふと気づく、今日も私の特別な日だったら?それなら雨は降ってくれるの?
「……フォーリアさん、お願い、聞いて貰えますか?」
「はい!何でも致します!」
私は右手の小指を差し出した。
「あの時の約束覚えていますか?」
「それは、アマネ様ともっと気楽にお話しするという……? 」
「私を呼び捨てにして、私に命令してください。雨を降らせてくれって」
「しかし!」
「お願いします!今はこれしか方法がないんです!今日を約束を果たした特別な日にします!私の特別な日には雨が降る。雨女ですから!」
フォーリアさんは自分の小指と私の小指を交互に見て逡巡しているようだった。やがて意を決したようにこちらを見据えた。
「……それでは失礼します……。ア、アマネッ……!雨を、雨を降らせて、くれっ……!」
「もう一回お願いします!」
「アマネ!雨を降らせてくれ、頼む!」
「……っ、はい!!」
私を呼び捨てにしてくれて、ご兄弟に向けるような素の言葉を聞けた。あの日の約束が果たされた。
間違いなく今日は、私の特別な日だ。
胸が高鳴る、ドキドキする。そうだ、特別な日にはいつも胸が高鳴るんだ。このドキドキがポンプになって、空に水を汲み上げる。段々と雲が集まって、雨が降ってくる―――
気づけば空からは大粒の雨が流れ落ちて来ていた。
伯爵達がお茶会を放り投げて再び屋敷から走り出てくる。
野次馬の領民たちも歓声をあげてお祭り騒ぎの様相を呈している。
私、やったんだ。二度目の奇蹟を起こせたんだ……!
「フォーリアさん!!」
私は思わずフォーリアさんに抱きついていた。
「アマネ様……よかった、本当に……」
私を抱き留めてくれたフォーリアさんもまなじりに涙を浮かべていた。
私はフォーリアさんから体を離して言う。
「様が戻ってますよ……」
「呼び捨ては恐れ多いです…………アマネさん……」
「はい、もうそれでいいです。今日は私たちの約束が果たされた、特別な日です。」
「アマネさんも、あまり丁寧な言葉遣いはダメですよ。フェアじゃない」
「そう、だねフォーリアさん。私たち、これでお友達、だね」
「ああ、俺達は友達、だ」
なんともぎこちないやり取り、むりやり敬語を外して喋るけれど、長くは持たなかった。それでもいい、確かに一度は名前を呼び捨ててくれたのだから……。
ふたり肩を寄せ合いながら、灰色の空から降り注ぐ雨を笑顔で見つめ、しばらく体を濡らしていたのだった。
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次回も12時頃投稿予定です。




