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チロべえ

作者: 木と蜜柑


 「あれ、(さち)ったら全然飲んでねえぜ?」

 乾杯の音頭、懐かしい顔ぶれが一斉にわいわいと酒を飲み交わす中、幸は一人だけきょろきょろとある人物を探していた。

「あのさ、あいつは?ほら、6年の冬に少しだけうちのクラスにおったじゃろ、白部(しろべ)って」

 子どもの頃ガキ大将だった岩田は、もうほとんどジョッキの中のビールを飲み干してしまっていた。ごとんと散らかったテーブルの上にそれを置くと、小さく首を捻った。

 「白部?誰じゃそれ?」

 岩田は、おしゃべりに華を咲かせているクラスメイト達に、白部って知っとるか、と聞いて回るが、誰もがさあと首を傾げるだけで、また元の話の続きを始めてしまう始末。幸は、僅かな期間ではあったが、忘れてはいけない少年がいたことを、はっきりと覚えていた。

「チロべえじゃよ?覚えとらんのか?」

 岩田は、はっとしたような顔をして、急に声を落として言った。

「お前、知らんかったんか?わしも噂で耳にしただけじゃが、あいつ、ドイツに渡った後、手術がうまくいかんかったかなんかでな、半年程後に亡くなっとるんよ」

 幸は、ぽとりと割り箸の一本を手から滑らせた。まさか、あのチロべえが……、と。



  6年生の冬、小学校生活も残りわずかのこの時期に、突然時季外れの転校生がやってきた。東京からきたその少年は、背が小さく、いかにも病弱でもやしみたいに青白かった。おまけに虫眼鏡みたいな分厚い眼鏡を掛けていて、そのレンズの奥で大きな目がギョロギョロと動くものだから、苗字の『白部』を皮肉った、『チロべえ』という仇名がひっそりと子ども同士の間で広まったのだ。

 幸は、この少年を一目見たときから、

(な〜んじゃ、このちんちくりんは!)

と、馬鹿にしていた。

 いつも体育は休んでばかりだし、何よりこの間抜けな見た目がダサくて仕方なかったのだ。

 

 そんなチロべえだったが、なぜかこの幸にだけはよくなついた。というのは、病弱な自分とは反対に、活発で運動もよくできる幸に憧れを抱いていたのかもしれないが、特に、幸が誰にでも世話を焼く姉御肌であったせいである。 

 内心では馬鹿にしつつも、学校でよくチロべえを庇ってやっていたから、チロべえは幸の金魚の糞みたいにいつも鬱陶しい程ピッタリとひっついて回った。


「僕ね、来週からドイツに手術受けに行くんだ。生まれつき心臓の病気でね、大きな手術になるから、ドイツに行くまでの少しの間だけ、こっちのおばあちゃんの家に来てたんだ」

 雪の降る寒い日だった。いつもの帰り道、チロべえは何やらいつもと違った様子でこっそりと幸にそのことを告げた。そのとき、幸に紙切れのような物を手渡してきたのだ。学校で使った算数のプリントの裏紙だったせいで、幸はもう少しのところで、

(なんじゃ、ゴミなんか渡しよって)

っと捨ててしまいそうになったが、よく見ると、そこにはミミズの字でこう書いてあった。


『さっちゃんいつもありがとう。大人になったらぼくは飛行機のパイロットになります。そのとき、さっちゃんを一番さいしょにとなりに乗せてあげます。』

 

 

 今考えると、あれは、幸にとっての初恋だったのかもしれない。

 今もあのときの紙切れは家の机の中に大切にしまってある。それに、幸は知っていたのだ。 あの虫眼鏡のレンズを外すと、チロべえははっとする程綺麗な瞳をしていたことを。


 (そうか……、チロべえは……)

  

 幸は、ビール瓶をそっと隣の空席に置いた。ここが操縦席。ビール瓶が操縦機、お皿がボタン。

エンジン点火、シートベルト着用確認。


(チロべえ、初飛行じゃ!おめでとう)



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