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幸運値

 現在、オレ達は竜人の山脈を攻略中だ。

 シェリルを背負いながら、ロッククライムの真っ最中である。


 険しい山脈だと聞いてはいたが、想像を遥かに超えていた。

 獣道どころか、そもそもが崖だらけで歩く場所すら殆ど無い。


 オレは額に汗かきながら、それでも必死に崖をよじ登る。

 シェリルが言う通り、魔王の鎧は脱いでおいて正解だったな。


「申訳御座いません。私の体力では、流石にこの崖は厳しく……」


「気にする事は無い。オレの体力ならば、この程度は造作も無い」


 耳元で囁くシェリルの声に、オレはゾクゾクと来る物があった。

 背負っているのだから、当然ながら彼女の顔はすぐ傍にある。


 オレは可能な限り平静を装う。

 背中に感じる柔らかな感触に、オレの意識が向かない様にと……。


「しかし、思ったより何も無いな。魔物に襲われると聞いていたが」


「はい、不思議な事です。……銀メルトが何かしているのかしら?」


 小声で囁く言葉が、微かにオレの耳に届いた。

 どうやらシェリルは、魔物が襲わない理由を銀メルトと考えているらしい。


 そして、オレは先行する銀メルトに視線を向ける。

 オレ達を先導するかの様に、軽々と崖を上る銀色のミニメルトの姿があった。


 なお、金メルトと黒メルトは馬車でお留守番である。

 馬車の警護もあるが、鎧姿で見るからに重そうだったからだ。


 逆に銀メルトは鎧を付けず、軽そうなドレス姿であった。

 実際はミスリル銀と聞いているので、本当に軽いかは不明なのだが……。


「この周囲一帯はワイバーンの縄張りです。稀にワイバーンを狙うストームドラゴンも現れるのです」


「しかし、周囲にそれらしき影は無い。運が良いのか、こちらを避けているのか、どちらだろうな?」


 オレは何となしに、シェリルへと問い掛けた。

 すると、背後でハッと息を飲む気配がした。


 しばらくすると、シェリルはゆっくりと話し始める。


「黙っていて申し分け御座いません。私が同行している以上、運に頼る事は出来ないのです……」


「ん? それは、どういう意味だ?」


 何やらシェリルが、オレの背中でモジモジしている。

 背筋がゾクゾクするので、出来れば余り動かないで欲しい……。


 オレが素数でも数えるとか考えている、言い難そうにシェリルが話す。


「私はLv65なので、それなりの能力を持ちます。しかし、そういう星の元に生まれたのか、幸運値だけは『0』なのです」


「幸運値が『0』だと? やはりそれは、特別な事なのか?」


 オレは一般的なステータスとやらを理解していない。

 オレ自身は制限在りでも、全て『999』で参考にならないしな。


 だから、幸運値が『0』の意味も、正確には理解出来ない。

 何となく、幸運が訪れないのだろうとは考えているが……。


 シェリルはオレの首に顔を押し当て、ゆっくりと言葉を続ける。


「昔から不運ばかりの日々でした……。どれだけ備えても、最後には全てひっくり返る……。私はそういう存在です……」


「ふむ……?」


 シェリルの言葉には、自虐的な物が含まれていた。

 以前から自己評価が低いと思っていたが、この話が原因なのか?


「両親は『占星術師』です。私の事を占い、言い難そうに『大器晩成型』とだけ告げました。きっと、私を慰める為の言葉だったのでしょうね……」


「うーむ、そうなのだろうか……?」


 両親が『占星術師』というのも新事実だな。

 まあ、それは今考えるべき事では無いのだが。


 そして、オレは両親の占った結果は正しかったと思う。

 時間は掛かっても、シェリルの成した功績は、確実に実を結んでいるのだから。


「メルト様はその事実を知っても、私を側に置き続けました。だから、私もメルト様に付き従ったのです。……それも、大魔王様に敗れた際は、全てが終わったと覚悟しましたが」


「ああ、勇者として対峙した時だな」


 オレは王に言われるまま、勇者として魔王を討伐しに来た。

 あの時、シェリルの機転が無ければ、今の状況は無かっただろう。


「ずっと、後悔ばかりの日々です。あの時、ああしていれば……。そうやって、反省ばかりの日々です……。それでも、私には不運ばかり訪れるのですが……」


「うーむ……」


 恐らく、シェリルはネガティブに考え過ぎている。

 悪い事は、全て自分が原因だとでも思っているのだろう。


 その言葉を否定する言葉は思い付く。

 しかし、オレがそれを告げても、シェリルは受け流す気がする。


 だから、彼女の考えを否定せず、それでも変える為にオレは……。


「ちなみに、オレの幸運値は『999』だ。二人で割っても『500』近い数値だな。それでも、幸運は訪れないか?」


「え……?」


 オレの言葉に、シェリルは固まってしまう。

 何と返して良いか、わからないのかもしれない。


 なのでオレは、シェリルの返事を待たずに告げる。


「オレはシェリルとの出会いから、幸運ばかり実感している。不運を感じた事が無いのだ。どういう事だろうな?」


「そ、それは……」


 受け止め方の違いも有るとは思う。

 オレは些細な事は気にせず、良い事があれば感謝する性格だ。


 かつての世界が酷い環境だった事もあるのだろう。

 ちょっとした善意や、ちょっとした幸運にも幸せを感じるのだ。


 そんなオレからすると、シェリルとの出会いは幸運以外の何物でもない。


「いつも助けてくれて、ありがとう。シェリルとの出会いを、女神マサーコ様に感謝せねばな」


「だ、大魔王様……!」


 シェリルの叫びが耳に届く。

 感極まった様子で、しがみ付く腕に力が入る。


 そして、激しい吐息と共に、その頬をオレに摺り寄せる。


「だ、大好きです! 愛しています! 今すぐ、私を抱いて下さい!」


「ちょっ……! 場所を考えろ! 少なくとも、今は落ち着け……!」


 オレの声も耳に届かず、背中で身じろぎするシェリル。

 そんな状況の中で、オレは必死で崖にしがみ付く。


 かなりの高さへと昇っており、足元は既に視認出来ない場所にある。

 落ちればオレはともかく、シェリルが無事で済むと思えない。


 オレが冷や冷やしていると、いつの間にか銀メルトが隣にいた。

 そして、オレに対してニコリと微笑み、サムズアップして見せた。

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