メルトの過去
今回の旅は、オレとシェリルの二人だけとなっている。
ちなみに、馬車の御者は前回同様でミニメルト達だ。
オレは移動中の車内で、シェリルから説明を受けていた。
竜人族の特性や、その地の文化についてだ。
「まず、竜人族は山脈の高地で暮らしています。基本的には山から下りてきません」
「山から下りて来ない? それには何か理由があるのか?」
メルトが普通にしている以上、生活出来ない訳ではないのだろう。
少し前にシェリルが語った、メルトの破った掟が関わるのだろうか?
そして、オレの考えは正しかったらしい。
シェリルはコクリと頷き、オレの問いに答える。
「その強過ぎる力が世を乱さぬ様に、竜人族は掟で下界への干渉を禁じているのです」
「……そして、メルトはその掟を破って山を下りたと?」
オレの問い掛けにシェリルが目を見開く。
オレから、その問いが出るとは思わなかったのだろう。
勿論、メルトが話したがらない事は理解している。
平時であれば、それを他人の口から聞こうとは思わない。
しかし、今は緊急事態なのである。
メルトへの配慮を優先すべき場面では無いのだ。
オレはこれから、義父さんの元へ謝罪に向かう。
それなのに、メルトの事情を知らないでは話にならない。
シェリルはそんな苦心を察し、優しく微笑みを返してくれた。
「ええ、大魔王様は知っておくべきでしょう。――メルト様の原点について」
「メルトの原点だと?」
メルトが掟を破った事が、メルトの原点に関わる?
そして、シェリルはそんな彼女の事情を知っているというのか?
メルトには悪いが、オレの好奇心が強く刺激される。
そして、耳を傾けるオレに、シェリルはゆっくり語りだした。
「幼少期のメルト様は、平凡な少女だったそうです。多少、やんちゃではあったそうですが」
語り口調から、メルトの過去を直接知る訳ではなさそうだ。
メルト本人にでも、聞いた話なのだろうか?
「しかし、ある出来事がメルト様を変えました。それが、魔族国を襲った大飢饉となります」
「魔族国を襲った大飢饉……」
オレは瞬時に思い出す。
かつてメルトが語った、シスターとの出会いの話を。
どうやら、あの時の出来事が関わるらしい。
オレはすぐに意識を切り替え、シェリルの話へと集中する。
「三十年ほど前の話となります。魔王国内で雨が降らず、気温も上がりませんでした。その異常気象が五年も続いたのです」
「なるほど、それが大飢饉の原因と言う訳か……」
どちらも、作物がまともに育たない状況を作ったはず。
それどころか、海や山の恵みにも影響があったはずである。
そうなれば、当然ながら食料の供給量は減少する。
十分な蓄えが無ければ、多くの人々が飢えたはずだ。
そして、メルト以前の魔王は、まともな統治をしていなかった。
人族の領地ならともかく、魔族の領土は荒れた事だろう……。
「弱き者程、生きていけない時代でした。多くの魔族が命を落としました。その状況は、竜人族でも同じだったのです」
「むう……」
シェリルの言葉に、オレは内心で動揺を感じる。
強者である竜人族が、略奪する側に回ったのかと考えて。
しかし、シェリルの言葉は、最悪の予想とは異なっていた。
「仲間内でも意見が割れたそうです。掟に従い滅びるか、若者だけでも里を下ろすか。――しかし、状況は一変します」
「ほう……?」
シェリルの表情は柔らかな物だった。
その事に安堵しながら、オレは彼女の言葉をゆっくりと待つ。
「シスターと名乗る女性が、各地を回って食料の配給を行ったのです。それと同時に、食べられないと思われた植物の、調理法等も伝授して周ったそうなのです。これにより、大飢饉の被害は想定より軽微で済みました。どの種族も絶滅する事無く、大飢饉を乗り越えられたのです」
「それが、メルトが出会ったというシスターか……」
オレの言葉にシェリルが頷く。
彼女は窓の外へと視線を移し、微笑みながらこう呟く。
「我々の親世代では、今でも語られる謎の人物です。黒い衣に身を包み、名前が『シスター』という以外、何もわから……」
「――ちょっと待った! 名前が『シスター』だと?」
シェリルの言葉に、オレは思わず待ったを掛ける。
そんなオレの反応を、彼女は不思議そうに見つめ返していた。
何かボタンの掛け違いが無いだろうか?
モヤモヤした違和感と共に、オレはシェリルへ確認を行う。
「シスターとは、女性聖職者の事だろう? 職業名であって、名前では無いと思うのだが……」
「女性聖職者? まず、聖職者とは何でしょうか?」
シェリルの問い掛けにオレは愕然となる。
まさか、聖職者について問われる事になるとは……。
これは、魔族だから知らないという事なのか?
それとも、人族の中でも知られていないのだろうか?
これは魔王城への帰還後に、フロード達へ確認せねばならんな。
その結果次第では、件のシスターが別の意味を持ちそうである。
義父への謝罪前だと言うのに、別の問題が発覚してしまった。
オレはその事に頭を抱えつつ、馬車の揺れに身を委ねるのだった。




