神殿
微妙な空気が満ちる執務室。
そんな空気を変える様に、シェリルがふと口を開いた。
「結婚式では、女神マサーコ様へ誓いを立てるのですよね。それでは神殿の建設が必要ですね」
「神殿の、建設……?」
余りにも壮大な計画を打ち立てるシェリル。
その提案に、流石にオレも呆然と立ち尽くす事となる。
しかし、その提案にフロードが即座に反応した。
「確かに神殿は必要ですね。大魔王様が女神マサーコ様を信奉していると、皆に知らしめる為にも」
「うむ、確かにその通り……だな……?」
周囲の皆が、なるほどと言う表情を浮かべていた。
オレはその空気に呑まれ、疑問を感じつつも同調してしまう。
すると、皆がそれぞれに意見を交わし始める。
「女神マサーコ様の神殿っすか。エルフ族なら木造建設なんでしょうけどね~」
「ドワーフ族なら鋼鉄製じゃろうな。だが、大魔王様なら金剛石でも使うか?」
「貧相な物を建てる訳にはいきませんね。大魔王様の威光にも関わりますので」
「うむ、女神マサーコ様の神殿なのだ。我々の感謝の念を、込めねばならぬな」
何やら場が完全に盛り上がってしまった。
今更、神殿はやり過ぎだろう等と言える空気では無かった。
女神マサーコ様へ感謝の気持ちを届けたいとは思う。
神殿を建てる事で、多くの人々に存在を広めたいとも思っている。
しかし、オレ達の結婚式の為に、神殿を建てるのはどうだろう?
それではまるで、時の権力者が権威を示す為にヤルやつではないか……。
オレがモヤモヤした気持ちを抱いていると、この人物が唐突に動く。
「大魔王様! 神殿建設のその大任! どうか、このディアブロにお任せ下さい!」
「ディアブロ……?」
普段は冷静沈着はディアブロ。
クールな眼差しで、いつだって先を読んで行動する男である。
そんな彼が、興奮した様子でオレに詰め寄って来た。
オレに掴みかからんばかりの勢いで、その熱意を溢れさせる。
「かつて存在した神の権威! それが失われた世界の、なんと嘆かわしい事か! 今のこの世は、余りにも荒んでいる! 誰が世界を生み出したか理解していない! かつての輝きが蘇るなら! このディアブロにとって、これ以上の喜びは御座いません!」
「お、おお……。それ程までか……」
余りの勢いに、オレは思わず後ずさる。
ディアブロの熱意に、オレは飲まれてしまったのだ。
それと同時に、冷静な部分で今の言葉に納得も感じる。
ディアブロのかつて生きた時代は、人々が信心深かったのだろうと。
ならば、ディアブロがプロジェクト管理者に適任か?
彼に全てを任せれば、全て上手く行くのではなかろうか?
オレはそう考え、神殿作りをディアブロに任せる事を決める。
「よかろう、ディアブロよ! お前の好きにするが良い! 必要な物があれば、遠慮なくオレに言え!」
「ははぁっ、大魔王様! 見る者全てが腰を抜かす! それ程の大傑作を、完成させてみせましょう!」
いや、見る者全てが腰を抜かす大傑作とは何だ?
それは本当に、女神マサーコ様を祭る神殿なのか?
ディアブロの熱意に、若干の不安を覚えるオレ。
そんな空気を読んだ男が、オレの前に慌てて跪く。
「だ、大魔王様! 僭越ながらその大任! このフロードにも手伝わせて頂けないでしょうか!」
「ふむ、ディアブロの手伝いか……」
ホビット族のフロードは、非常に頭が良い青年である。
その彼が、危機感を込めた視線で、ディアブロを見つめていた。
愉悦の表情を浮かべ続けるディアブロ。
興奮しすぎている為か、そんな視線にすら気付けていなかった。
そして、フロードの手伝いと言う物良いが素晴らしい。
ディアブロの顔を立てつつ、軌道修正を行うつもりなのだろう。
そう、オレの直感が告げていた。
フロードの判断に従う事が、この場合は正しいのだろうと。
そして、オレはさっとシェリルへと目配せをする。
オレの意図を察した彼女はコクリと頷き宣言した。
「それでは、フロード。大魔王様の配下として、初任務を命じます。ディアブロを補佐し、素晴らしき成果を大魔王様に捧げなさい」
「ははっ、承知致しました! その大任を、必ずや果たしてみせましょう!」
そして、二人のやり取りにディアブロが気付いた様だ。
おやっという顔をしつつも、フロードに対して笑みを向ける。
「おお、フロードに手伝って頂けるのですね? 貴方には期待しておりますよ」
「はい、ディアブロ様。若輩者では御座いますが、今後ともよろしくお願い致します」
立ち上がったフロードの元に歩み寄るディアブロ。
自然な仕草で、二人はそっと手を出し握手をする。
どうやらこの二人なら、上手くやって行けそうである。
魔族と人族が手を取り合う、成功例となってくれる事を期待するばかりだ。
オレは良き形に収まってくれた事に安堵する。
そして、神殿建設はもう止められないなと、流れに身を任せる事を決意した。




