神前式
オレとシェリルの二人で、急に竜人族の里へ向かう事が決まった。
その事を告げる為に、関係者をオレの執務室へと集めた。
メルトとシェリル以外には、ディアブロ、フロード、エミリア、バロン。
オレの説明を聞いた後に、ディアブロが不思議そうに首を傾げた。
「そもそも、親への報告など必要なのでしょうか? 別に許可など必要無いでしょう?」
ディアブロの言葉に、メルトが激しく頷いている。
そんな彼女には、シェリルの冷たい視線が突き刺さっていた。
そして、ディアブロの言葉に反論したのがフロードだ。
彼は理解を求めるように、ゆっくりと説明を行う。
「お忘れかもしれませんが、大魔王様は人間です。親戚付き合いも重視されるのでしょう」
「確かに貴方の言う通りですね。大魔王様が人間である事を、すっかり忘れておりました」
ほがらかな笑みで笑い合う二人。
そんな二人に釣られ、一同も笑みを浮かべていた。
……いや、すっかり忘れていたって。
オレが人間以外の何だと言うつもりなんだ?
モヤモヤとするオレを他所に、二人の話は進んでいく。
「特に大魔王様は、女神マサーコ様の使者と聞きます。全ての関係者を集め、神の名の元に誓いを立てるのではないでしょうか?」
「「「神の名の元に誓いを立てる?」」」
魔族サイドの人々は不思議そうに首を傾げていた。
エミリアとバロンの二人は、記憶を探る仕草を見せている。
そんな一同に対し、フロードが苦笑を浮かべて説明を続ける。
「かつて存在した古い習わしですね。死ぬまで互いに愛し合うと、神様に対して宣言するのです。互いの愛が本物であると、周囲へ証明するそうですよ」
フロードの説明に対し、一同が目を丸くして驚く。
そして、オレに対して問い掛ける様な視線が集まる。
どうやら、この世界では神前式が一般的ではないみたいだ。
女神マサーコ様を思うと少し寂しいが、オレは仕方ないなと頷いた。
「ああ、オレの故郷ではそれが普通だった。オレの側は無理だが、メルトの両親には是非立ち会って貰いたいな」
「「「…………」」」
一同の視線がメルトに集まる。
それも何故だか、皆が沈痛な面持ちを浮かべて。
そして、メルトは涙目になりながらオレを見つめる。
意を決した表情で、震えながらオレへと告げる。
「ユ、ユウスケの気持ちはわかった! わ、私の気持ちが、僅かでも揺れた際は、潔く自決してみせよう!」
「…………は?」
突然の自決宣言に、オレは呆然とメルトを見つめる。
すると彼女は、ガタガタ震えながらも気丈に笑みを見せた。
そんなメルトの態度を見て、エミリアとバロンがぽつりと呟く。
「やっべ、これガチのやつっすわ……。大魔王様の愛が重すぎるっす……」
「神の名の元に宣言……。誓いを破れば、世界への背信者ではないか……」
オレに対して、引いた視線を向ける二人。
オレが戸惑っていると、シェリルとディアブロの声も届く。
「羨ましくもあり、恐ろしくもあります……。大魔王様の覚悟は理解しました……」
「結婚式がそれ程の儀式だったとは……。このディアブロも存じませんでした……」
畏怖の眼差しを向ける二人。
何やら一同との温度差を感じる気がするのだが……。
いや、オレの世界ではそんなに重くなかったよな?
神前式を挙げても、普通に離婚する夫婦とか多かったよな?
そんな考えが脳裏に浮かぶが、その言葉をオレは打ち消す。
覚悟を決めたメルトを前に、気軽に行こう等と言えるはずがない。
なのでオレは、メルトにただこう告げた。
「――必ず、幸せにしてみせる」
「ああ、信じているからな……」
全てを受け入れた眼差しで、オレを見つめるメルト。
ポロリと涙を零し、オレの胸へと飛び込んで来た。
そんなメルトをオレはしっかりと受け止める。
彼女の想いに必ず答えると、新たな誓いを胸に刻む。
「「「お、おめでとう、ございます……」」」
一同が祝いの言葉を口にする。
それと同時に、パチパチと祝福の拍手が送られてくる。
だが、その拍手はパラパラと疎らであった。
そして、何故だか部屋は、御通夜の如く重々しい空気であった。
……どうしてこうなった?
理不尽さを感じつつも、オレはただ状況を受け入れるのみだった。




