発覚
ここ数日、何やらメルトの様子がおかしかった。
気分がすぐれないみたいで、食欲も落ちていたのだ。
心配して尋ねても、本人は問題無いの一点張り。
この程度は寝ていれば治ると取り合おうとしなかった。
それでも心配なオレは、シェリルへと相談する事にした。
彼女は何やら説得し、メルトを医者の元へと連れて行った。
そして、戻ったシェリルから、衝撃の事実が告げられた。
「結論から申しましょう。メルト様は妊娠しております」
「…………は?」
淡々と告げるその言葉に、オレは思わず固まってしまう。
オレはシェリルに対し、かつてメルトから聞いた説明を告げる。
「りゅ、竜人族は、滅多に妊娠しないから、避妊が不要と聞いたが……」
「確かに長寿の竜人族は妊娠率が低いです。けれど、妊娠はしますよ?」
余りにも当然の返しに、オレは何も言えなくなってしまう。
深く考えず行動したが、毎晩やれば妊娠する可能性だってあるだろう。
突然の事態に、オレは頭がまったく回らなかった。
動揺するオレは、気になってメルトの様子を確認した。
しかし、彼女はいつもと変わらぬ様子で腕を組んでいた。
そして、オレの視線に気付いたメルトは、オレに対して手を伸ばす。
「……ど、どどど、どうしよう、ユウスケ! わ、私のお腹に、あ、赤ちゃんがっ!」
「お、落ち着け、メルト! まずは、落ち着くんだ! まだ、慌てる時間じゃない!」
ガタガタと震えながら、オレの腕を掴むメルト。
いつも通りに見えた姿は、虚勢でしかなかったらしい。
動揺するメルトに対し、オレも動揺して腕を掴み返す。
そんなオレ達に対し、シェリルは溜息を吐いてゆっくり告げる。
「お二人とも落ち着いて下さい。お世継ぎが生まれるのは喜ばしきこと。慌てる必要は無いでしょう?」
冷静なシェリルの言葉に、オレとメルトはハッとなる。
そして、冷静な頭脳を持つ彼女の、次の言葉を二人で待つ。
シェリルは呆れた視線を、オレ達に対して向ける。
「本当に妊娠の可能性を、考えていなかったのですね……。まあ、その事は今は良いのですが……」
「「うっ……」」
チクリと刺さる、シェリルの小言。
オレとメルトは、そろって呻くしかなかった。
そんなオレ達に、シェリルはゆっくりと考えを述べて行く。
「メルト様は魔王城で安静にして下さい。それ以外、現状の方針に変更は不要でしょう」
「うむ、確かにその通りだな! 安定期に入るまで、メルトは安静にしていないとな!」
シェリルの言葉に、オレとメルトはコクコクと頷く。
妊娠したてのメルトを、馬車の旅に連れ出す訳にはいくまい。
納得しているオレに、シェリルは更に言葉を続ける。
「しかし、魔王国内への報告を、どのタイミングで行うべきか……。式の予定も決まっておりませんしね」
「……報告、だと?」
シェリルのその言葉に、オレは衝撃を受ける。
オレは今まで、どうしてその事に思い至らなかったのか……。
動揺するオレに対し、メルトとシェリルが不思議そうな表情を浮かべる。
そして、首を傾げる彼女達に、オレは失念していた重大事項を口にする。
「ご、ご両親に挨拶をせねば! まだ、結婚の報告もしていないじゃないか!」
メルトの両親について、すっかり存在を忘れていた。
式の日取り以前に、結婚の許可を貰っていないのだから。
いや、それにしても、妊娠が発覚してから挨拶に行くとか……。
出来ちゃった婚の報告など、ご両親からしたら何と思うことか……。
オレが内心で冷や汗を掻いていると、何故かメルトが慌てだした。
「あ、いや……。それは、良いんじゃないかな……? 別に挨拶とか無くても……」
「そんな訳にはいかんだろう! 事前に挨拶せねば、後に遺恨を残す事になるぞ!」
何やらダラダラと汗を掻き始めるメルト。
オレはその不審な挙動に、首を傾げて彼女を見つめる。
すると、シェリルが疲れた様子で溜息を吐いた。
「……私から申しましょう。メルト様は族長の娘です。そして、成人前に家出をしております」
「ちょっ、シェリル……?!」
シェリルの言葉にメルトが慌てる。
しかし、掴みかかった手は、ひょいっと避けられてしまった。
そして、冷たい眼差しをメルトに向け、オレに対して説明を続ける。
「掟を破って里を抜け、親に合わせる顔が無いのですよ。昔からメルト様は、考え無しですから……」
「ぐ、ぐぐぐ……。考え無しは、余計だろうが……」
悔しそうに歯噛みし、シェリルを睨むメルト。
どうやら、シェリルの説明は間違っていないらしい。
だが、そうすると事態はもっと面倒な事になった。
家出娘を妊娠させ、結婚の許可を求めに行く事になったのだ。
普通に考えて、これは許可を貰えない流れじゃないか?
むしろ、挨拶代わりに殴られる未来すら見えるのだが……。
内心で唸るオレに対し、シェリルは疲れた表情でオレに告げる。
「仕方がありません。私と二人で向かいましょう。メルト様は連れて行っても逆効果でしょうし……」
「なんと……。一緒に付いて来てくれるのか?」
これはオレが果さねばならぬ責任。
しかし、シェリルの同行は、オレにとって希望の光だった。
後光すらさして見えるシェリルは、オレに向かって笑みを向けた。
「手紙程度ですが、私は竜人族とも交流が御座います。最悪でも門前払いという事はないでしょう」
「――本当にありがとう。シェリルはいつでも、オレの一番の協力者だ……」
オレはシェリルの手をそっと握る。
感謝の気持ちを込めて、その手に額を押し付けた。
顔を上げると、シェリルは困った表情を浮かべていた。
少し顔を赤らめて、それでも嬉しそうに笑みを返してくれた。
そんなオレ達に、メルトはボソッと呟いた。
「あ、その……。済まぬが、後の事は宜しく頼む……」
オレとシェリルは、揃ってメルトに視線を向ける。
すると、メルトは居心地が悪そうに視線を逸らした。
そして、メルトはその場の空気に耐えられなかったらしい。
身を小さくしながら、すすっと部屋から逃げだして行った。




