条件
ドワーフ族との要求については、一旦こんな所だろう。
オレはホビット族のフロードに対して問い掛ける。
「それで今日は、条件面の交渉だったか?」
この場で最も話が早いのがフロードだ。
種族故か、彼の性格かはわからないが、頭の回転がとにかく速い。
今回の趣旨は、ディアブロから軽く聞いている。
しかし、詳細については彼等から直接聞くべきだろう。
「はい、大魔王様がお出しになられた、人間への恨みを忘れるという部分です」
「ふむ、そうか。……やはり、その条件は飲めそうにないか?」
魔王国へ下る為に、オレが彼等へ出した条件。
それが、人間へのこれまでの恨みを忘れるというものである。
聞いた感じでは、かなり劣悪な扱いをされていると聞いている。
彼等からしたら、忘れたくても忘れられない過去なのだろう。
しかし、それでも飲んで貰う必要があるのだ。
メルトの望む、争いの無い平和な世界を実現する為には。
オレは腕を組んで眉を寄せる。
しかし、フロードは首を振って、オレへ真剣な眼差しを向ける。
「いえ、条件は飲むつもりです。しかし、一部の緩和を認めて頂けないでしょうか?」
「ほう……? それで、一部の緩和とは?」
想定外の返事に、オレは内心で驚きを隠す。
しかし、条件を飲むなら、多少の妥協はやぶさかではない。
オレが前のめりに尋ねると、フロードは頷いて答える。
「我々の親世代に、考えを変えさせる事は困難です。しかし、私達の世代から下なら、考えを変える事も可能です。どうか、我々が族長になるまで、一時の猶予を頂けないでしょうか?」
「なるほどな。世代交代の時間か……」
懇願の為に、オレへと頭を下げる一同。
連れて来た従者も若く、彼等なら条件を飲めるのだろう。
そして、彼等の親世代と言えば五十歳以上の高齢者。
未来の為にと伝えても、納得出来る者ばかりではないはずだ。
現実的な妥協案と考えるべきだろうな。
もう少し細かな条件は、シェリル達にも確認が必要だろうが。
そう、納得しかけるオレに、フロードは頭を上げて更に告げる。
「そして、条件を飲んで頂けるなら、この場一同の身柄をお渡し致します。如何様に扱って頂いても問題御座いません」
「何だと……?」
どうして条件緩和の交渉材料が、彼等の身柄になるのだ?
オレからしたら、彼等の身柄など欲しくは無いのだが……。
しかし、不意にオレはある考えが脳裏に浮かぶ。
時代劇ではあるまいし、その様な事があるのかと戸惑いながら。
そして、答えを確かめる為、オレはシェリルへと視線を向けた。
シェリルは即座に意図を察し、オレに対して頷いて見せた。
「彼等は人質で御座います。人族の文化では、その様に信頼の証を立てる事があるそうです」
「それで、このメンバーという事か……」
オレは思わず頭を抱えてしまう。
戦国時代ではあるまいし、こんな案件は想定外である。
受け入れても、受け入れなくても炎上案件ではないか。
条件を受け入れても、その事実が後の火種になりかねない。
どうした物かと悩んでいると、思わぬ処から割り込みが入る。
「何を悩む必要がある? 彼等は未来の友人だろう? 丁重に持て成すだけだろう?」
「メルト……?」
メルトは不思議そうに問い掛けて来る。
それと同時に、オレは信頼の視線も感じ取った。
オレがどうするかなど、初めからわかっている。
そう言わんばかりの空気が、メルトから溢れ出していた。
そんなメルトの信頼に対し、オレはふっと笑って決断する。
「良かろう。身柄は好きにして良いのだったな?」
「はい、二言は御座いません。如何様にでも……」
緊張に顔を強張らせる一同。
そんな中で、フロードとエミリアだけは穏やかな眼差しだった。
そして、言葉を待つ彼等に対し、オレはこう言い渡した。
「ならば貴殿等を、客人待遇で迎え入れる。そして、オレの直属部隊として働いて貰おう」
「「「なっ……?!」」」
その場の一同が驚きを示す。
直属部隊と言う個所には、メルトやシェリルですら驚いていた。
オレは悪戯っぽく笑うと、シェリルに対して問い掛けた。
「隊長はシェリルを任命しよう。彼等のことを、任せても良いか?」
「……問題御座いません。大魔王様の御心のままに」
一瞬、戸惑った顔を見せたシェリル。
しかし、彼女はすぐに笑顔で了承してくれた。
彼等がオレに信頼の証を寄越したのだ。
ならばオレも、信頼でもって答える必要がある。
シェリルならオレの考えを、全てお見通しだろう。
何の問題も無く、彼等の面倒を見てくれるはずである。
「ならば、部屋の手配等も必要だな。その辺りはディアブロに任せて良いか?」
「承知致しました。すぐに客人が休めるよう、手配させて頂きます」
こちらも即座に了承の意を示す。
オレに対して、綺麗な姿勢で頭を下げて見せた。
オレは彼等の態度に満足し、大きく頷いて見せる。
そして、後の事は彼等に全て任せる事にした。
こうして、オレと彼等は手を取り合う事となる。
小さな一歩だが、確実に進んだと言える一歩であった。




