混沌の海
ふと目が覚めると、そこは雲の上だった。
体は半透明で透けており、感覚が殆ど感じられない。
オレはこちらを覗き込む、女神マサーコ様と目が合った。
ニッコリと微笑む彼女に、オレは確認の為に質問を行う。
「オレは、死んだのですね?」
「えぇっ?! 死んで無いよ! 魂を呼び寄せただけだから!」
目を丸くして、驚きの声を上げる女神マサーコ様。
オレの問い掛けに、何やらオロオロと動揺していた。
そして、あっとした表情を浮かべる。
しょんぼりと肩を落とし、女神マサーコ様は小さく呟く。
「今回は魂だけ呼んだせいだね……。肉体は救出中だから、丁度良いって思ったんだけどな……」
「肉体は救出中、ですか……?」
気になるワードがあり、オレは女神マサーコ様へ問い掛ける。
すると、彼女は嬉しそうに微笑み、オレの問い掛けに返事をする。
「うん、魚人族総出で救出中だよ! もう少ししたら、メルトちゃんと一緒に海面に引き上げられるからね!」
「なるほど。メルトも無事という事ですね」
オレはその事実を確認出来てホッとする。
あの様な死に方をしては、メルトも浮かばれはしないだろう。
よもや、粗相の証拠隠滅により、溺死してしまったなど……。
「それと、シェリルちゃんには、また何かお礼しないとね! 彼女がローレライちゃんを説得したんだから!」
「そうだったのですか。確かにそれは、お礼が必要ですね」
シェリルはいつでもオレを助けてくれる。
彼女の存在で、オレはどれだけ助けられている事か……。
果たしてシェリルへの礼は何が良いだろうか?
常に謙虚な彼女の事なので、望みを聞いても答えてくれるだろうか?
オレがお礼について悩んでいると、女神マサーコ様がポンと手を打った。
「そうそう、ゆう君は凄いね! まさか、あの御方とコンタクト出来ちゃうなんてさ!」
「あの御方? そういえば、あの時は助けて頂き、ありがとう御座いました」
ギガスレイブ発動中に、オレは肉体を乗っ取られかけた。
それを救ってくれたのが女神マサーコ様なのである。
オレが深く頭を下げると、女神マサーコ様は慌てた様子で声を掛けて来る。
「そんなに畏まらなくて良いよ! ゆう君を助けるのは当たり前だし! それに、あれは不幸な事故だしね!」
「不幸な事故、ですか……?」
オレは首を傾げながら、ゆっくりと頭を上げる。
そして、じっと女神マサーコ様の言葉を待つ。
女神マサーコ様はウンウン頷きながら、オレに説明してくれた。
「アレは闇を引き込む魔法なんだよ。けど、その力が強すぎて、あの御方が呼ばれたと勘違いしちゃったの」
「呼ばれたと勘違い……。そもそも、あの御方とは誰なのでしょうか?」
女神マサーコ様はこの世界の神にして管理者。
しかし、その口ぶりからして、相手は更に格上の存在と思われる。
女神マサーコ様は以前、私以外の神を知らないと言っていた。
その上で、女神マサーコ様より格上の存在とは何者なのだろうか?
オレの問い掛けに対し、女神マサーコ様は難しい表情を浮かべる。
「何て説明すれば良いのかな? 全ての根源? 大いなる意思? この宇宙そのもの?」
説明しながらも、女神マサーコ様の表情は曇っている。
どれも、説明を行うのに適した言葉では無いみたいだ。
女神マサーコ様はこめかみを指で押さえ、必死に考えて言葉を紡ぐ。
「時間と空間の超越者。全ての資源たる混沌。世界と神様を生み出した母。全ての存在が帰るべき場所。あの御方は、そういう表現が難い存在なんだよ」
「全てを生み出した存在ですか……」
その表現が正しいのかは自信が無い。
しかし、オレの理解ではそうとした言い表せれなかった。
女神マサーコ様は曖昧な笑みを浮かべ、オレへと説明を続ける。
「本当は私でも会話とか出来ない存在なんだよ? だけど、ゆう君の肉体に顕現しようとしてたからね。何とか会話が成立して、接続を解除して貰えたの」
「そうだったのですか……」
呼び出したのも偶然なら、会話が可能だったのも偶然。
不運を引き寄せたが、女神マサーコ様という幸運により回避もされた。
やはり、オレにとって女神マサーコ様は、幸運の女神に違いないんだろう。
内心で納得するオレに対し、女神マサーコ様はカラカラ笑いながら告げる。
「あの御方に『誰か呼んだ?』って聞かれてさ! 『勘違いです!』って答えたら、『そう? おかしいな?』って言いながら帰っていったんだよ? あっさり帰ってくれて、本当にラッキーだったね!」
「何とも、気さくなお方なのですね……」
降臨していたらどうなっていたのだろうか?
オレとしては、世界が滅ぶ事も懸念していたのだが……。
しかし、女神マサーコ様の会話を聞く感じではフレンドリーだ。
案外、ふらっと世界を見て周ったら、何もせずに帰ったのだろうか?
もっとも、そのIFは考えるだけ無意味なのだろうが。
もう二度と、あの御方とやらと会う事も無いのだろうから。
「あ、海面に引き上げられたね。それじゃあ、あっちに戻すね! それと、指輪無しであの魔法は禁止だからね!」
「ええ、わかっています。また、勘違いで呼ぶ訳にはいきませんからね」
人差し指を立て、少し釣り上げた瞳で睨む女神マサーコ様。
威厳も怖さもまったく無い姿に、オレは思わず笑みを零してしまう。
オレの笑みを見て、女神マサーコ様もふにゃりと笑う。
そして、手を振って見送る彼女の姿が、うっすらと薄れて行く……。




