人魚の浜
魚人達が住まうという魚人族の拠点。
その拠点がある一帯を人魚の浜と呼ぶらしい。
そして、到着して驚いたのがその丸い形状である。
浜辺と知らなければ、湖と勘違いしそうな作りをしていた。
そして、到着した浜辺からは一本のつり橋が掛けられいる。
その吊り橋の先には、小さな島が存在していた。
「孤島の宮殿と聞いたが、あれは少し違う気がする……」
その島はゆらゆらと揺れていた。
どうも、島と言っても浮島みたいなのだ。
更には見える建築物も木造の平屋である。
どちらかといえば、リゾート地の海上コテージを連想させる。
オレは馬車を降りて、その光景を眺めていた。
すると、シェリルがオレとメルトの先導を務める。
「ここからは歩いて頂きます。馬車では吊り橋を渡れませんので」
「ああ、確かにあれば無理だな。まあ、気長に歩くとするか……」
木製のつり橋は簡易的な物で、馬車の重みに耐えれると思えない。
そして、非常に距離は長く、歩くと数分で着く距離では無かった。
オレは自らの纏う漆黒の鎧に目を向ける。
重くて疲れるとは思わないが、足を踏み外すと大変な事になりそうだ。
オレは気を引き締めて、シェリルに続いて吊り橋へと足を掛けた。
なお、ミニメルト達は海に落ちると危険なので、馬車でお留守番としている。
「どうやら、警備の者が気付いたようです。ローレライもすぐやって来るでしょう」
言われてオレは、シェリルの視線の先を見る。
すると、魚の頭が水中から出ており、敬礼をして水中へと消えて行った。
あれが魚人族の半魚人なのだろう。
デカい魚が顔を出しており、正直かなりビクリとさせられた……。
そして、ドキドキする胸を抑えていると、更なる人物が顔を出す。
今度は女子高生程の若い女性が、十名程の人数で海上に顔を出している。
「「「ようこそ~! 大魔王様~!!!」」」
出迎えの者達なのか、大声で手を振り歓迎を受ける。
どうやら、人魚族はオレに対しても友好的な態度みたいだ。
オレは軽くて手を掲げ、軽く笑みを返しておく。
大声で返事をするのは、オレのキャラでは無いだろうからな。
すると、出迎えの者達は黄色い声ではしゃぎだした。
「きゃあ~! かっこいい~!」
「ヤバイ! 恋に落ちちゃう!」
何やら、本当に女子高生の様なノリだな。
彼女達はワイワイと楽しそうに盛り上がっていた。
そして、その声を聞きつけたのだろうか?
再び十名程の若い人魚が海上に顔を出して来た。
「あ! もう到着してたんだ!」
「やばっ! 出遅れたじゃん!」
見ていると、少しずつだが更に人数が増えている。
しかも、彼女達を守る為か、遠巻きに魚顔も生えて来た。
海面に浮かぶ多数の頭に、何とも言えないシュールさを感じてしまう。
「想定外の光景だな。一応、歓迎されているという事なのか……?」
オレは吊り橋を歩きながら、彼女達へと手を振り返す。
オレの移動に合わせて、彼女達も追い掛けて来ていた。
その光景を見て、メルトがジト目でオレに告げる。
「奴等は暇を持て余した野次馬だ。相手をすれば調子に乗るから気を付けろよ」
「ええ、まだ若い人魚達ですからね。油断すると海に引きずり込まれますよ?」
メルトだけでなく、シェリルの視線も冷たい。
手を振り返しただけで、この扱いは如何なものだろうか?
オレは空気を読んで、人魚達の相手を切り上げる。
そして、先頭のシェリルへと問い掛ける。
「ローレライも含めて、人魚達は皆あんな感じなのか?」
「ローレライは成熟した大人の女性となります。ただ、若い人魚はあんな感じかと」
シェリルが顔をこちらに向け、苦笑いを浮かべていた。
人魚族全体という訳でもないので、人間も人魚も同じなんだろうな。
何となく納得して、オレは内心で大きく頷く。
そして、取り留めのない会話をしつつ、吊り橋を黙々と歩き続ける。
しかし、吊り橋も半分に差し掛かった所で、ある事実に気が付く。
「あの浮島……。あれは、一体なんなのだ……?」
どうも、構成する足場は土でも草でも無さそうだ。
白っぽくて、名状し難い物質が海面に僅かに見えるのだ。
すると、メルトがニヤリと笑ってオレに応える。
「あれは大クラゲ。人魚達が使役する大型の魔物だな」
「あれが、クラゲ……? クラゲの上に建物が……?」
メルトの回答にオレは戸惑う。
建物のサイズからして、小さなクジラ程のサイズはあるはずだ。
しかも、吊り橋を見ても、それなりに年期が感じられる。
どれだけの期間、あのクラゲはあそこで漂っていたのだろうか……。
「推定で五百歳を超える魔物となります。歴代の女王が引き継いでるそうですよ」
「五百年を生きたクラゲか……。何ともファンタジーな生き物だな……」
五百年も同じ場所に漂い続け、ただ建物を頭に乗せ続ける日々。
あのクラゲは何を思い、あそこで生きているのだろうか?
……いや、クラゲだから何も考えていないのかもしれない。
何も考えないクラゲだからこそ、浮島たり得るのかもしれない。
答えの無い哲学にはまりそうで、オレはそっと考える事を止めた。




