女神の祝福
気が付くとオレは、光溢れる世界に立っていた。
足元は真っ白な雲で、見上げれば青空が広がっている。
――そして、目の前には見覚えるある女神様の姿があった。
ブラウンの髪に、おっとりとした雰囲気で三十台の女性。
白いトーガを身に纏い、ふわふわと空を漂っていた。
彼女は両手をブンブン振りながら、オレに笑顔を向ける。
「やっほー! 久しぶりだね、ゆう君! 空の上からバッチリ見てたよ!」
「お久しぶりです、女神様。もう一度お会いできて本当に良かった」
オレはしっかりと頭を下げて挨拶をする。
そして、笑みを向けるオレに、女神様も嬉しそうに微笑んだ。
しかし、次の瞬間に女神様がオレへと頭を下げた。
「ごめん、ゆう君! わたし、うっかりゆう君のレベルを一桁間違えてたの!」
「レベルを一桁間違えた? それは、何か不都合があるのですか?」
唐突な謝罪に驚くが、それ以上に謝罪の意味がわからない。
恐らく強くし過ぎたのだろうが、オレにとって不都合は無いと思われる。
しかし、女神様は顔を上げて、神妙な顔で説明してくれる。
「ゆう君ってば、あの世界で一睡もしてないでしょ? 無限の体力に物を言わせて、完全に人間辞めちゃってたよ!」
「そういえば、まったく眠くならないので、不思議には思っていました」
王様に西へ向かえと言われ、30日間無休で真っ直ぐ進み続けた。
眠くなる事も無く、何日食事を抜いても平気で歩き続ける事が出来た。
……今にして思えば、確かに人間を辞めていたかもしれない。
「そういうの駄目だと思うよ! ゆう君は真っ直ぐで良い子だけど、人間性は大切にしないとね!」
「なるほど、その通りですね。ご忠告感謝します」
オレが頭を下げると、女神様はウンウンと頷いていた。
そして、オレに向かって一つの指輪を差し出して来た。
虹色に輝くリングと、ピンクの宝石がはまった指輪だ。
「これを付けると、ゆう君のレベルは一割になるよ。そしたら、丁度良い強さになるから付けてみて!」
「一割というと、Lv99という事ですね?」
オレは言われるままに指輪を身に着ける。
すると、無駄に漲っていた気力が程良く落ち着いた。
体が少し重くなったが、それでも生前よりはかなり軽い。
普段の生活を送る上では、この程度でも問題は無いだろう。
「それなら、新しく出来たお嫁さんとも、同じペースで生活出来るね! お嫁さんと仲良くなれると良いよね!」
「ああ、ご覧になられていたのですね! これも全て、女神様のお導きによるものです!」
そう、オレは感謝の気持ちを、直接伝えたいと思っていた。
オレに愛を教えてくれたのは、女神様の導きのお陰なのだと。
しかし、女神様は首を振り、そっと涙を浮かべて告げる。
「ううん、ゆう君は前の世界で頑張ってたからね……。なのに、皆に認められなくて辛い思いしたからね……。だから、せめてこっちの世界では幸せになって欲しいの!」
「女神様……」
確かにオレは、前の世界で周囲に酷使され、過労死している。
決して幸せな人生とは言えなかった……。
しかし、それがこの世界に来れた理由なら、悪く無い思いだ。
あの辛い思いがあるからこそ、オレは真の幸せを知る事が出来るのだから。
「――と、そう言えば聞きたい事が。女神様のお名前は何と言うのですか?」
「え? やだな、私の名前ならまさ――こ。そう、マサーコだよ!」
マサーコ……?
どこか、聞き覚えがある気がするが……。
「そういえば、五歳の時に事故で亡くなった、母の名前がまさこ……」
「い、いやだなー! ゆう君のママが交通事故で亡くなって、異世界で女神になんて成ってる訳ないじゃない! そんなの、ゆう君の気のせいだよ!」
ふむ、それもそうだな。
亡くなった母を思い出したのも、女神様の愛故だろうな。
父親はオレが生まれる前に蒸発して行方知らずだ。
施設で育ったオレは、親の愛情なんて殆ど知らないのだから。
「あ、そうだ! ゆう君、結婚するなら結納金が必要だよね? ボックスに沢山資金入れとくから、じゃんじゃん使ってくれて良いからね!」
「そこまでして頂けるのですか? 女神様には、本当に感謝してもしきれません……」
女神様は不慣れな手つきで、突如現れたパネルを操作していた。
オロオロとパネルを連打しているが大丈夫なのだろうか?
オレが心配しながら見ていると、女神様が慌てて手を振る。
「あ、あんまりこっちいるとお嫁さんが心配するよね? それじゃあ、あっちに送るから元気でねー!」
「はい、ありがとう御座いました。また、お会い出来たら嬉しいです!」
オレと女神様は、互いに微笑みを浮かべる。
そして、互いに手を振り合って別れの挨拶を行う。
こうしてオレは、女神様の祝福を携えて、我が天使の元へと戻るのだった。