生存戦略(シェリル視点)
黒目黒髪で常にキリリとした表情の青年。
人間ですが、大魔王様の容姿は決して悪くありません。
性格的には冷静沈着で思慮深いお方です。
更には情に厚くて、自らの部下を非常に大切にされている。
そして、極めつけが『魔王の鎧』です。
圧倒的強者の風格を纏い、真の大魔王様が完成したのです。
その大魔王様から、先の一言……。
『オレから大切な物を奪う者は敵だ。法など関係ない。それがオレの正義だからだ』
大魔王様に大切な物と宣言されてしまいました。
これで惚れない、魔族の女がいるでしょうか?
身悶えしそうな歓喜が全身に広がっています……。
きっと今の私の状態を、幸福の絶頂と呼ぶのでしょうね!
……とはいえ、いつまでも幸福感を味わってもいられません。
大魔王様から任された、後詰めの役割が残っているのですから。
私は床で呆然とするゴルグに、うっすらと笑みを浮かべて見せる。
「判断を誤りましたね。初めから大人しく、従順な姿勢を見せれば良いものを……」
私の言葉に、ゴルグが苦い表情を浮かべる。
そして、床へドカッと座り直して、私へと吐き捨てる。
「ディアブロって悪魔から忠告があってな。選択を誤れば鬼人族は滅ぶ。役立つ所をアピールする事だとな」
「ふむ、ディアブロですか……」
手紙を出した時期を考えると、夢魔族の領地へ視察に行った頃。
その頃のディアブロでは、大魔王様の性格を把握出来ていないはず。
ならば、ディアブロの忠告は的を得ていなかったのでしょう。
そういう意味では、ゴルグもまた被害者なのかもしれない。
ただ、最後にやらかしたのは、ゴブリン族の性質でしょうが……。
「なあ、シェリルさんよ? あいつは何者なんだ? あんたは本当に惚れてんのか?」
ゴルグの口調が完全に崩れている。
盗賊の親玉をやっていた、過去の彼に戻っていた。
法の整備を行う前に、何度となく泣き付かれたものである。
あの頃のゴルグを思えば、彼も成長を果たしたのでしょう。
ただ、それでも彼も魔族の端くれ。
その強い欲望を、完全には制御出来なかったみたいですが。
私は過去を懐かしみつつ、彼へとキッパリ答えを返す。
「大魔王様は女神マサーコ様に認められた勇者。そして、大陸を制覇される真なる王です。惚れない訳が無いでしょう?」
「マジかよ……。断言しちまうんだな……」
私の言葉に、ゴルグは驚いた様子を見せる。
そして、少し考える素振りを見せ、それから私に問い掛ける。
「そういや、シェリルさんはどうすんだ? 『元四天王』なんて汚名を着せられて、軍の中でやっていけんのかよ?」
ゴルグが心配そうに私へと問う。
しかし、その言葉の半分は、彼の本心を隠す為の隠れ蓑だ。
彼はまだ、私に対して未練があるのでしょう。
やっていけないなら、オレの元に来いとでも言うのでしょうね……。
「無論、やっていけますとも。私は大魔王様の秘書として、常にその隣にあるつもりです」
それこそが、今の私の望みです。
大魔王様のお役に立ち、必要とされる事が喜びなのです。
しかし、ゴルグは納得いかない様子で、苦々し気な表情を浮かべる。
「感情的になってんのか? 実力主義の魔王軍の中なんだぜ?」
今の魔王軍を知らないゴルグには、その様に見えるのでしょうね。
弱者のレッテルを張られた者は、後ろ指をさされる事になるのだと。
しかし、今の大魔王様はその様な行為を許しはしない。
だからこそ、私は胸を張ってゴルグへと宣言する。
「私はただ忠誠を尽くすのみ。そもそも、大魔王様から見れば、四天王すら弱者に過ぎないのですし……」
「四天王すら、弱者だって……?」
ポカンと口を開くゴルグ。
私の言葉に、思考が追い付いていないのでしょう。
彼に話すべきとは思えませんが、本来の大魔王様はLv999です。
私達基準であれば、ディアブロでLv9、私でLv6程度の強さに見えている。
大魔王様から見た我々は、等しく弱者と映っている事でしょう。
だからこそ、我々はその力を誇示する事に、何の意味も無いのです。
「弱者である我々は、ただ頭を垂れるのみ。大魔王様の庇護下にのみ、我々の幸福は約束されています」
先程よりも、更にゴルグの目が見開かれる。
余りの驚きに、咄嗟に言葉が出てこないみたいです。
ゴルグは様々な逡巡の後、意を決して私へと問う。
「なら、シェリルさんはどう振る舞う? あんた程の人物が、どう立ち回ろうってんだ?」
ゴルグにとって、私は試金石なのでしょう。
私の出方によって、自らの出方を決める腹積もりなのです。
だからこそ、私はゴルグに対して胸を張って宣言する。
「弱者である私は、ただ大魔王様の慈悲を乞います。その為に、私は大魔王様に――徹底的に媚びます」
「……は?」
ゴルグはキョトンとした表情を浮かべている。
理解の出来ていない彼に対し、私は更に追い打ちを掛ける。
「媚びて、媚びて、死ぬまで大魔王様にしがみ付きます。それこそが、私の考える生存戦略だからです」
「あんた程の人物が、プライドを全て捨てるって言うのか……?」
圧倒的強者にしがみ付くのに、捨てるプライドがあるのでしょうか?
身の安全以上に大切な物など、この世にあるとは思えないのですがね……。
しかし、ゴルグは畏怖の眼差しを私へと向ける。
そして、深いため息と共に、私に対して頭を垂れた。
「シェリル様は我々よりも、弱者の戦い方を心得ていらっしゃる。ならば、私もそれに倣う事に致しましょう」
「ええ、それが宜しいと思います。大魔王様に部下と認められれば、どこよりも安全が約束されるのですから」
大魔王様から任された任務は、無事に完了出来ましたね。
これで鬼人族も、大魔王様へと絶対の忠誠を誓う事でしょう。
そして、私は無理とわかっていても妄想してしまいます。
この褒美として、今夜のお誘いを頂けないものかと……。
第九章が終了となります。
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