前哨戦
ゴブリン城に到着したオレ達は、城内のエントランスを歩く。
オレ達を案内するのは、ホブゴブリンのメイドであった。
ホブゴブリンは肌が緑っぽい以外、外見は人間種族と違いが無い。
つまり、普通に綺麗なメイドが出迎えてくれたと言う訳である。
まあ、綺麗なメイドと言っても、大したレベルではないがな。
オレの背後を歩く、メルトとシェリルには足元に及ばないのだから。
「これは、これは! 大魔王様、お待ちしておりました!」
エントランスの奥から、一人の大柄な人物が現れた。
大柄な体に、青い肌と立派な角を持つ鬼人族の中年男性。
身に纏う服装は、高級そうなスーツである。
第一印象としては、マフィアのボスであろうか?
背後には屈強なオーガ達も控えている。
武装したオーガ達の存在が、彼を更に凶悪な存在に見せてしまう。
「お初にお目に掛かります。私がこの城の主、ゴルグ=シグで御座います」
「うむ、オレが大魔王の中野雄介だ。本日は世話になる」
ゴルグは頭を上げて、オレの事を僅かに見下ろす。
ゴブリンキングだからか、身長は軽く2メートルを超えているのだ。
生前のオレであれば、威圧されてしまう程の強面である。
しかし、今のオレにとっては、リオンより弱そうとしか感じないな。
オレの視線で何を思ったか、ゴルグは急ににこやかな笑みを浮かべた。
「それで、この城は如何でしょうか? 最新技術を用いて、堅牢な作りとなっておりますが……」
「ふむ、かなり金を掛けたのだろうな。中々に立派なものだと思うぞ」
オレの言葉を聞き、ゴルグは満足そうに頷いていた。
どうも出来立ての新居を自慢したかったみたいだ。
オレとしては「そうか」という程度の話でしかなかった。
しかし、シェリルがその自慢に口を挟んで来た。
「ふふふ、最新技術なら魔王城とて負けておりません。つい先日、改修工事を終えたばかりです」
そう言えば、シェリルが頑張ってくれたんだったな。
悪魔族が総出で資材を持ち寄り、ピカピカに磨き上げてくれた。
シェリルとしても、やはり自慢したかったのだろうか?
不眠不休で頑張ったのだから、自慢したい気持ちはわからなくはない。
……ただ、ゴルグの視線が険しくなったのが気になる所だ。
自分の自慢話に横槍を入れられ、気分を害したのかもしれないな。
しかし、ゴルグは気を取り直したのか、再び笑みをオレへと向ける。
「そうそう、城の調度品もご覧になって下さい。城内の至る所に、大陸から集めた美術品が展示してあります」
「ほう、そうなのか?」
正直、美術品には興味が無い。
しかし、金持ちというのは、そういう物を自慢したがるのだろう。
なので、大人の対応として褒めておくべきなのだろうな。
エントランスには大した物が無いので、城内で気付いたら褒めるとしよう。
そう考えていると、ゴルグの動きがピタリと止まる。
「――大魔王様。その、人形達は一体……?」
ゴルグの視線は、シェリルの足元に向けられていた。
そこには、城内をキョロキョロ見回すミニメルト人形達がいた。
ミニメルト人形達はシェリルの傍から離れない。
けれど、興味津々と言った様子で、周囲を観察していたのだ。
「ああ、シェリルからオレへの贈り物だ。今は彼女に面倒を見て貰っている」
「シェリル様からの、贈り物ですか……」
ゴルグの視線が恐ろしく真剣な物へと変わる。
そして、ミニメルト人形達を凝視し、ごくりと喉を鳴らした。
「あれ程、素晴らしい作品は初めて見ました。あれらをお譲り頂く事は出来ないでしょうか?」
「譲るだと……?」
ゴルグの問いに、オレは眉を寄せる。
シェリルからの贈り物と知り、それでも譲れと言うつもりなのか?
オレの苛立ちに気付いたのだろう、ゴルグは慌てて弁解を始める。
「も、勿論無理を言っているのは存じています! しかし、私も人形使いの端くれ! あれ程の作品を見て、欲しいと言う欲求が抑えられないのです!」
人形使いとは何だろうか?
人形劇の劇団員とかで間違いないとは思うのだが……。
しかし、そうなると彼の言い分も理解出来なくはない。
ミニメルト人形達を使い、人形劇を披露したいと言う事なのだろう。
確かにミニメルト人形達の演劇は魅力的だと言える。
だからといって、手放す理由には成り得ないのだが……。
オレの機嫌が直ったのが伝わったのか、ゴルグは落ち着いた様子で再び尋ねる。
「それで、如何でしょうか? 金額については、かなり色を付けさせて頂きますが……」
ゴルグがもみ手をして、腰を低くしていた。
商売人という雰囲気が出ており、先程までの威圧感は全くない。
そして、彼の気持ちは分かったが断らざるを得ない。
オレはゆっくり首を振り、彼の納得する言葉を探す。
「あの人形達の素晴らしさが理解出来るか……。――ならば、逆に問おう。お前がアレらを所持しており、交渉を持ち掛けられたとする。お前なら金と引き換えに、あの宝を手放そうと思うのか?」
その問い掛けは、ゴルグの心に突き刺さったらしい。
彼は大きく目を見開き、驚きで口を開いていた。
そして、口惜しそうに表情を歪め、ゆっくりと答えを返した。
「いえ、どれ程の金を積まれても、あれ程の宝を手放しはしないでしょう……」
どうやら、諦めてくれたみたいだ。
ゴルグはガックリと肩を落としていた。
背後を振り返ると、メルトは不思議そうな表情を浮かべている。
すぐ近くでは、ミニメルト人形達が万歳をしていた。
そして、シェリルは満面の笑みを浮かべていた。
きっと、自分の作品が評価された事が嬉しかったのだろう。




