ゴブリン領
馬車が出発してから、衝撃の事実が発覚した。
今回の御者が、ミニメルト人形達だったのだ。
シェリルによると、試運転の為だと説明をしていた。
何かを隠しているみたいだが、そこには触れない事にした。
何せシェリルは、魔王国で一番の賢者である。
彼女に任せておけば、大抵の事は問題がないと考えている。
オレは信頼する秘書に対し、目的地の説明を求める事にした。
「一言で申せば、成金の街ですね。現在の魔王国では、最も栄えた領地と言えます。しかし、余り趣味が良いとは、言えないでしょう……」
「ホブゴブリンの商人が力を持っている。それと同時に、奴等は他種族を見下してもいる。見ればわかるが、胸糞の悪い街と感じるはずだ」
二人の評価は、概ね低い様子だった。
互いに嫌そうな顔で、オレに対して説明を行う。
オレは腕を組んで考える。
そして、疑問に思った事を、シェリルに問い掛ける。
「何故、それ程までに成り上がった? 確か、メルトが魔王になってからの事だろう?」
メルトが魔王となり、シェリルが法を整備した。
それにより、ゴブリン達が力を付けたと聞いている。
しかし、詳細までは聞いていない。
魔王国において、それ程に金の力は強い物なのだろうか?
「法で略奪を禁じました。それにより、物を得るのに対価が必要となりました。その変化に即座に対応したのがゴブリン王です。配下のゴブリン達を使い、迅速に魔王国中に流通のシステムを展開したのです」
「奴らは元々、人間並みに器用でな。商売だけでなく、鍛治や建築、農耕等への研究も開始した。その結果として、魔王国の豊かな生活に、彼等の力が不可欠となってしまったのだ」
ゴブリン達は、魔族の生活を支える存在となった。
それにより、単純に金だけでなく、多くを発言出来る地位も得た。
……そして、今の彼等は天狗になっていると思われる。
少なくとも、彼女達に毛嫌いされる態度を取っているのだろう。
「だが、器用さで言えば、悪魔族も劣ってはいまい。何故、ゴブリン達だけが成り上がったのだ?」
城の悪魔達は、料理も清掃も見事にこなしていた。
彼等の能力が、ゴブリン達に劣るとは思えない。
さらに言えば、夢魔族にも器用な者はいた。
不死族にだって、高い能力を持つ者は散見された。
しかし、シェリルは言い難そうに、視線を逸らしてオレに応える。
「そ、その……。魔族の性質と言いますか、基本的には強者にしか従いませんので……」
「城の悪魔達は、殆どが出稼ぎに出ていた。そして、魔王軍は戦う為の組織だからな」
何となくだが、その説明で理解出来た気がする。
最弱種のゴブリンだからこそ、魔族全てにサービスを提供出来たのだと。
そして、メルトは魔王を魔王軍の総大将と考えている。
王ではあるが、政治や経済を自分の領域とは考えていなかったのだ。
恐らく、シェリルは孤軍奮闘していたのだろう。
しかし、魔王軍の少数派では、出来る事に限りがあったと思われる。
シェリルがメルトに向ける、恨めしそうな視線からも読み取れる。
魔族全体の思想と、天才を埋もれさせた環境が原因であったのだと。
「状況は理解した。そうなると、強硬策に出るのも得策では無さそうだな?」
「仰られる通りかと。彼等がストライキを起こせば、多くの不満が噴き出します」
オレの問いに、シェリルは即座に頷いた。
それを見て、メルトが嫌そうに表情を歪めている。
そして、オレはふと過去の会話を思い出す。
もし、オレの想像が正しければ、状況はより悪い事になる。
「もしかして、歴代魔王の借金というのは……」
「大魔王様の、ご想像の通りと思われます……」
オレの言葉を、シェリルが再び肯定する。
オレはその事で、思わず頭を抱えてしまう。
少し時間を掛ければ、借金自体は返済可能だろう。
オレのアイテムボックスから、いくばくかのアイテムを出せば良い。
だが、現状では、どちらが有利かは言うまでもない。
無法な世界では別だったが、法に則ればあちらが有利な立場である。
オレとシェリルは揃って大きな息を吐く。
それを見たメルトが、慌ててオレの腕に縋りついた。
「も、もしかして、私も悪かったのか? ユウスケなら、何とかなるんだよな?」
不安げな表情でオレを見つめるメルト。
オレなら何とか出来ると信じている瞳。
それを見て、オレはふっと笑って見せる。
「メルトが悪いわけではない。そして、この状況は、オレが何とかしてみせよう」
「おおっ! 流石、私のユウスケだ! 頼りにしているぞ!」
メルトからの全幅の信頼が心地よい。
オレはメルトの髪へと手を伸ばすと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
しかし、その様子を見たシェリルが、冷たい視線をオレに向ける。
「あの、大魔王様? あまり、メルト様を甘やかさないで下さいね?」
「そ、そうか? 甘やかしているつもりは、特に無いのだが……」
正直、シェリル頼りな所も多い状況である。
大きな事を言った手前、彼女の機嫌を損ねるのは避けたい。
睨み合うメルトとシェリルに、オレは内心でハラハラする。
どうにか一致団結して、この先の問題に当たれれば良いのだが……。




