引継ぎ
眩い光が去った後、オレは青空の元に立っていた。
足元は弾力有る、真っ白な雲らしき物が広がっている。
そして、目の前にはオレを呼びだした張本人。
女神マサーコ様がオレに向かって手を振っていた。
「ゆう君、やっほ~! お友達のお話し中に、呼び出しちゃってゴメンね!」
何故だか、女神マサーコ様は雲の上に正座で座っていた。
そして、その前にはちゃぶ台とお茶請けが用意されている。
「さあ、ゆう君も座って! すぐにお茶も淹れるからね!」
「あ、えっと……。お気遣い、ありがとう御座います……」
オレは誘われるままに、ちゃぶ台の前で座る。
女神マサーコ様と同じく、姿勢正しく正座姿でだ。
……というか、この雲は程良い弾力だな。
座布団が無くても、足が痛くならなさそうだ。
どうでも良い事に関心していると、オレの前に湯呑が置かれた。
女神マサーコ様はニコニコ笑みを浮かべていた。
「呼ばれた気がしたから、こっちに呼んだんだ! 私の方からも、話したい事があったしね!」
「話したい事ですか? それは一体、どの様な内容でしょうか?」
呼び出されたタイミングがタイミングである。
恐らくは、ディアブロの話にあった創生神の事だろう。
世界の誕生と創生神にまつわる神話。
そして、女神マサーコ様がどの様な立場の神様なのか。
オレは固唾を飲んで、女神マサーコ様の言葉に耳を傾けた。
「そうそう、大変なの! エリーちゃんの領地で、私名義の孤児院が出来るんだって! それも、種族を問わず、大陸中から広く集めるんだよ!」
「……ふむ?」
何やら、思っていた話と違うらしい。
まったくもって、世界の謎に迫る気配が無かった。
オレが首を捻ると、女神マサーコ様が腕をブンブン振って説明を続ける。
「そして、発案者はシェリルちゃんなの! あの子は本当に良い子だよね! 今の私の推しだよ!」
「シェリルがですか? 確かに彼女は、素晴らしい才女ですからね」
魔王国の情勢も、彼女の政策で大きく変わったと聞く。
オレに対しても、様々な心配りで喜ばせてくれる。
更にはあのミニメルト人形達である。
あれ程の高性能ロボットを、たった数日で作り上げた。
間違いなく、シェリルは天才と呼ばれる人物。
我が国における、国宝とも言うべき存在である。
「それでね、何かお礼をしないとって思ってさ! 世界中の精霊さんに守護をお願いしたの! そしたら、何と三人も応じてくれたんだよ!」
「精霊の守護……?」
何やら理解不能な言葉が出て来たな……。
ファンタジーな響きではあるが、何が起きるか想像が出来ない。
オレが首を再び捻っていると、女神マサーコ様が説明を続ける。
「シェリルちゃんが困っていたら、守ってくれると思うよ! まだ子供の精霊だから、大した手伝いは出来ないと思うけどね!」
「ふむ、子供の精霊ですか……」
シェリルを守る守護霊みたいに考えれば良いのだろうか?
大した手伝いは出来ないと言うし、放っておいて大丈夫か?
まあ良いかと考えていると、女神マサーコ様も朗らかに笑って見せた。
「ふふふ、よっぽど良い器でもあれば話は変わるけど! ゆう君は、それらしい器とか見てないよね?」
「器ですか? ……いえ、心当たりはありませんね」
話の流れからすると、精霊が宿る為の器という事だろうか?
そもそも、どの様な物が器に成り得るのかも想像が出来ない。
直近で三体のロボは見たが、あれは精霊と真逆の存在と思われる。
そうなると、やはり他に思い付く物は何も無かった。
「一応、ゆう君にもお知らせしないとって思ってたんだ! それで、ゆう君も私に何か聞きたい事があるんだよね?」
「――ああ、そうでした……」
そう、オレは女神マサーコ様に問いたい事があったのだ。
突然の話に流されて、危うく忘れる所であったが……。
オレは再び姿勢を正す。
そして、意を決して女神マサーコ様に問い掛けた。
「ディアブロより、この世界は『白の竜神様』と『黒の竜神様』が創生したと聞きました。しかし、その存在を知る者が今の時代には居ないと。彼等がどうなったか、女神マサーコ様はご存じでしょうか?」
オレが問い掛けると、女神マサーコ様ははっと息を飲む。
何やら、驚いた様子で目を丸くしていた。
そして、パンっと手を叩いて、オレに向かってほほ笑んだ。
「ゆう君って、物知りなんだね! そんな神様がいるなんて、私は全然知らなかったよ!」
「知ら、なかった……?」
想定外の答えに、オレは肩透かしを食らう。
呆然としていると、女神マサーコ様は顎に指を当てて考えだした。
「うーん、私が会ったのって、よぼよぼのお爺ちゃんだけなんだよね。それも、『権限を渡したから、後は宜しく』って言って、この世界から去って行ったみたいなの。だから、私以外の神様が他に居るのかも、よくわからないんだよね……」
「そう、なのですか……」
確かエルフの副司令官ゼルが言っていた。
女神マサーコ様の前に、何もしない神が居たと。
その神により、人々から信仰が失われてしまった。
女神マサーコ様がそのツケを支払わされているのだと。
つまり、女神マサーコ様はまともな引継ぎが行われていない。
そんな状況にも関わらず、人類平和の為に活動しているのだ……。
「いえ、知らなければ良いのです。過去がどうかより、この先の平和が大切ですしね」
「うんうん、そうだよね! どうすれば皆が幸せになれるか、一緒に考えて行こう!」
女神マサーコ様は嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべていた。
その笑顔により、オレの心が浄化されるのが感じられた。
そして、オレの脳裏にあるフレーズが浮かぶ……。
――守りたい、この笑顔
オレの戦う理由が、まさに目の前に存在していた。




