鬼人族対策
人族への方針は決定した。
詳細はこれからだが、今はこの程度で良いだろう。
なにせ、他にも検討すべき課題は残っているのだから。
「次は西方魔族についてだな。彼らに何らかの動きはあったか?」
「大魔王様名義の書状を届けました。いずれも、来訪をお待ちしますとの事です」
ディアブロの返事に、オレは頷いて返す。
相手方も出方を伺っているので、対応としてはそんな所だろう。
「ならば、今の内に訪問するとしよう。まずは、鬼人族の領土だったな?」
「はい、その通りで御座います。すぐに出立の準備を整えさせて頂きます」
口元に笑みを浮かべ、ディアブロが頭を下げる。
この調子なら、明日には再び魔王城を離れる事になるだろう。
オレはふと気になり、シェリルに対して問いかける。
「これまで、鬼人族との関係はどの様なものだった?」
「そうですね……。彼らにとって、我々は上客と言った所でしょうか? 礼は尽くしておりましたが、一歩引いた立場におりましたね」
つまり、仲間意識は低いと言う事だろう。
金や権力が無くなれば、縁も切れてしまう関係という事だ。
それが悪い関係だと言うつもりはない。
しかし、女神マサーコ様やメルトの望む関係とは違っている。
今後の付き合い方を、改めて貰う必要があると言う事か……。
「ならば、鬼人族の趣味や嗜好はわかるか? どうすれば、友好的に手を結べると思う?」
オレの問いかけに、シェリルが眉を寄せる。
そして、顎に手を当て、難しそうに口を開く。
「鬼人族の支配者はゴブリン種族です。彼らはコンプレックスの塊で、見下される事を何より嫌います。弱者である自分達が、強者に勝つ事が何よりの喜び。その為に、彼らは金の力を得たとも言えますね」
「それとて、私が魔王になってからだな。シェリルが法を整備するまで、その金すらも奪われ続けていたのだから」
シェリルの説明に、メルトが続ける。
彼女の表情は、どこか冷めた物に感じられた。
なお、メルトやリオン、ディアブロ達を見ればわかる。
魔族は戦闘力に応じて、その立場が高くなると考えている。
勿論、シェリルやラヴィの様な例外も居るには居る。
しかし、それらは少数派であり、魔族全体の考え方では無いのだろう。
そして、ゴブリン族は弱者に部類される種族。
金の力でのし上がったのも、ここ最近の話という事なのだろう。
「金品を与えても、彼らの心には響かんだろうな……。誰か良いアイデアは無いか?」
オレの問いかけに、全員が黙り込んでしまう。
少ししてから、ディアブロが躊躇いがちに口を開いた。
「その……。弱者の思考を問われても、我々の立場からは……」
「ああ、それもそうか……」
ここに並ぶのは、魔族屈指の強者達だ。
むしろ、上位から数えて五本の指に入る者達である。
それを考えれば、先程の質問は無茶ぶりであった。
最も不適切な人選だったと言える。
「だとすると、このメンバーで議論をしても仕方ないな。誰か他に適切な者を……」
等と考えていると、突然の乱入者が現れた。
――バンッ!!!
「話は聞かせて頂きました! その交渉、私に任せて頂きましょう!」
勢いよく開かれた扉に、一同の視線が集まる。
自信満々の態度で現れた、その人物へと注目が集まる。
赤いドレスに、銀の髪をなびかせる美女。
ドヤ顔を浮かべ、赤い瞳がオレを見つめていた。
「――エリー、か……」
「そう、私が来たましたわ!」
両手を腰に当て、胸を張るエリー。
何故か、最も交渉に不適切な人物が名乗り出た。
そして、エリーはオレに強い視線で訴えていた。
鬼人族への使者を、私に命じろと……。
「ふむ、そうだな……」
執務室に何とも言えない、微妙な空気が流れてしまう。
オレは色々と悩んだ挙句、適任者へと対処を任せる事にした。
「……ディアブロ。エリーの相手を頼めるか?」
「……承知しました。こちらで処理しましょう」
流石は出来る男、ディアブロ。
オレの思考を読み、即座に要求に応じてくれる。
押しの強いエリーに対し、オレは対処に苦しむ事がある。
悪意があれば別だが、エリーの場合は好意だけに無下にしづらい。
しかし、ディアブロに任せれば別だ。
言いにくい事をハッキリ告げ、エリーを的確に論破してくれる。
ほっと息を吐く一同と、やれやれと首を振るディアブロ。
そんな一同を見て、エリーは眉を寄せてオレへと問う。
「……えっと、任せて頂けるという事で宜しいのかしら?」
オレが視線を向けると、ディアブロが動き出す。
エリーの背中を押して、執務室から退室してくれる。
そんな二人の背中を見送り、オレはぽそっと呟いた。
「やはり、エリーはエリーのまま、なのだろうな……」
身体的に成長して、思考にも成長の兆しが見られた。
だが、根本的な所はやはり変わらないんだろう。
オレの言葉に、皆が黙って頷いていた。




