みんなの知恵袋(シェリル視点)
ゴーレム制作も何とか終わりが見えて来た。
寝る間を惜しみ、何とかメルト様型への加工に成功した。
後はこのゴーレムに術式を組み込むだけである。
もう一日の徹夜で、大魔王様のご帰還に間に合いそうだ。
この出来であれば、きっと大魔王様もお喜びに……。
「――あれ? 私の休暇はどこに……?」
ふと、気付いてはいけない事実に気付いた気がした。
既に9日が経過し、明日が休暇の最終日なのである。
私は目を閉じ天を仰ぐ。
そして、大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「……よし! 気付かなかった事にしましょう!」
悲しい事実は忘れるに限る。
私に必要なのは、大魔王様の喜ぶ顔だけである。
それに、意外と明日の晩は、ゆっくり休めるかもしれないし!
――こんこん
何やらノックの音がした。
ドアに視線を向けるが、壊された扉に人の気配はない。
そして、振り返って見ると、窓の外に人影を見つける。
ベランダでこちらを見つめる、一人の紳士の姿があった。
「あれは、セバス……?」
エリザベートに仕える、老執事の吸血鬼である。
その彼が何故だか、夜分遅くに尋ねて来たらしい。
……いや、彼等は夜行性ですからね。
尋ねて来るとしたら、大抵は夜の事が多いのですが。
私は気を取り直し、窓を開いて彼を中へ招き入れる。
「夜分遅くに申し訳御座いません。お知恵を拝借したく参りました」
セバスは礼儀正しく頭を下げる。
彼は不死族の中では珍しく、礼節を弁えているので好ましい人物です。
私は満足して頷くと、セバスは気配を察したのか頭を上げる。
「それで、今日はどの様な相談事なのでしょうか?」
セバスが私を頼るのは初めてでは無い。
むしろ、不死族領の改善活動は、彼の現場指揮があっての事である。
互いの利益が合致した結果とも言える。
それでも、私はセバスの手腕を十分に理解している。
そして、今の領地経営が順調なのも、良く知っているのだ。
そのはずなのに、彼自身がやって来るとは緊急の要件だろうか?
「まず、魔王城より戻られた姫様は、大変にご立腹でした。領民の大半をバラバラに惨殺する程に、怒りを溜めておられました」
「そ、そうですか……」
セバスの言う領民は、不死族に限定されている。
家畜扱いの人間は、領民としてカウントされていない。
そして、不死族はバラバラになっても数日で復活する。
そういう意味では、領内被害は大した事が無いと考えて良いだろう。
「そして、私に対してお命じになられたのです。ディアブロ様を出し抜く、画期的な案を考える様にと」
「ああ、なるほど。エリザベートも思わぬ横槍に、歯がゆい思いをしておりましたからね……」
ディアブロに追い返され、エリザベートは内心で怒り心頭だったろう。
以前までの彼女と違い、感情を表には出さなくなっておりましたが。
とはいえ、今も昔もエリザベートはエリザベート。
やられたまま、やられっぱなしで終わる玉ではないでしょうね……。
「とはいえ、私どもも状況が見えておりません。どうすれば、姫様はご納得すると思われますか?」
「そうですね……。あの二人が最も求めているのは、大魔王様からの評価でしょうからね……」
大魔王様は人間だが、恐ろしい程に魔王がしっくり来るお方だ。
その為、二人は何の抵抗も無く、大魔王様を主人として認めている。
唯一、自分より地位も実力も上と考えている存在。
その大魔王様のお気に入りが、自分である事を求めているのである。
「今の大魔王様は、人族との共存を望むお方。それを基本方針として、様々な取り組みを始めておられます」
「ほうほう。やはり大魔王様も、人間という事でしょうかな?」
セバスの問いには小さく頷いておく。
理由はメルト様だが、話を脱線させる必要も無いだろう。
「その活動を前進させる成果があれば、まず間違いなく賞賛されます。大魔王様の覚えも良くなるでしょう」
「ほほう……。それで、具体的にはどの様に?」
メルト様は暴力による支配を終わらせ様としている。
暴力による支配は、自分で終わりにするとお考えであった。
更に大魔王様は、人間の中でも特に温厚な考え方をお持ちである。
時々、メルト様の事で起こす発作を別とすれば……。
「人間を飼育する牧場ですが、名称と目的を変更しましょう。種族を問わぬ孤児院とし、名称を『女神のゆりかご』とします」
「確か大魔王様は、女神マサーコ様の御使いでしたな……」
計画の意図を、セバスは即座に理解した様です。
女神マサーコ様の威光を拝借し、不死族への悪感情を打ち消すのです。
女神マサーコ様の慈悲を求め、人々が不死族領へ集う。
そして、成人した後はそれぞれの故郷へ旅立って貰う。
そうなれば、魔族と人族は互いを良く知る関係と成れる。
大魔王様の望む、全族が共存する平和な世に近付くだろう。
この計画であれば、取り組むだけでも十分な関心が得られる。
ディアブロが歯噛みし、エリザベートも満足すると思われる。
「流石ですな、シェリル様は……。それで、他には?」
「は……? 他に、とは……?」
いや、今の計画だけで充分ではないだろうか?
今の計画を動かすだけでも、かなり大掛かりな事業となるのだ。
しかし、セバスはニコニコと笑みを浮かべ、ずいっと踏み込んで来る。
「シェリル様程のお方です。まだまだ、お知恵をお持ちなのでしょう?」
「え、ちょっと、お待ちを……。そんな急に言われましても……」
セバスの目が笑っていない。
貪欲な眼差しが、私に逃がさぬと告げている。
――これは、ヤバイ!
エリザベートの件で、セバスもかなりご立腹みたいです。
彼自身もディアブロに対し、一泡吹かせねば気が済まないみたいです。
「さあ、朝まで時間はたっぷり御座います。心行くまで語り合うとしましょう」
「そ、そんな~……」
セバスは窓を後ろ手に閉め、私をテーブルへとエスコートする。
そして、勝手にお茶の準備を始めだした。
……どうやら、私の10日間は完徹により終わる事になりそうだ。
第七章が終了となります。
面白いと思って頂けましたら、ブクマ・ポイント評価をお願いします。
作者にとって、大変励みになりますので!




