密会
オレとメルトは、ローズ・パレスで一泊した。
夜のサービスは辞退し、普通にメルトと夜を過ごした。
そして、オレは朝食時に、ラヴィより来客の知らせを受ける。
どうもその客は、オレに秘密の話があるらしい。
ラヴィより身元の保証を受けた為、オレは来客と会う事にした。
密会の場所は、やはりと言うべきか会員制クラブのバーだった。
「お初にお目にかかります。ホビット族の族長代理、フロードと申します」
「ああ、話はラヴィより聞いている。オレが大魔王及び勇者の中野雄介だ」
オレとフロードはカウンターに並んで座る。
右手を差し出されたので、同じく右手で握り返した。
なお、フロードの見た目は十歳の子供にしか見えない。
しかし、実際の年齢は25歳と聞いている。
そして、フロードは族長の息子でもあるらしい。
彼の服装は緑のコートと帽子で、どこぞの旅人みたいであるが。
「さて、それではまず乾杯と行こうか」
オレが手元のグラスを掲げると、フロードも同じく掲げて見せた。
そして、互いにそっとグラスへと口を付ける。
今日のカクテルは軽めにしてあるみたいだ。
重要な話しである為、酔いが回り過ぎない配慮だろう。
ラヴィの気遣いに関心していると、フロードがオレに声を掛ける。
「お会いして思いましたが、勇者様は普通の人間と余り変わらないのですね」
「それはそうだろう。妙な肩書を背負っているが、オレ自身は人間だからな」
おかしな能力も持つが、そこまで言う必要は無いだろう。
要はオレが、人間である事を確かめたかっただけだろうしな。
フロードは安心した表情となり、オレへと笑いかけて来た。
「人間ですが、普通に話せて助かります。私を見下さない様ですし」
「なんだと? 普通の人間は、ホビット族を下に見るものなのか?」
フロードの言葉に軽く驚きを覚える。
鵜呑みにするのも危険だが、それが彼等の常識な可能性がある。
そして、かつて砦でであった、エルフの副司令官を思い出した。
彼も人間の司令官には、恨みを感じている様子だった。
フロードは忌々し気に表情を浮かべ、オレに対して愚痴を零す。
「人族の領地は、実質的には人間の支配下です。それ以外の種族は、奴隷に近い扱いですよ」
「そうだったのか……。オレは異世界より招かれた者で、その辺りの常識には疎くてな……」
オレの言葉に、フロートはハッとした表情となる。
ゴクリと喉を鳴らし、真剣な瞳でオレを見つめる。
「話には聞いておりますが……。女神様の使者と言うのは、本当なのでしょうか?」
「ああ、その通りだ。人族と魔族の争いを収める為に、オレはこの地に遣わされた」
フロードは驚きで目を丸くする。
やはり人族の中では、女神マサーコ様の存在は懐疑的なのだろうか?
オレは横目でフロードの様子を伺う。
すると、彼は懐からそっと手紙を取り出した。
「族長からの預かり者です。どうか、中身については他言無用で……」
「ふむ……?」
オレは差し出された手紙を受け取る。
封筒は蝋引きされており、未開封だと一目でわかる。
オレはその封を解いて、中身についてさっと目を通した。
「――これは……」
書かれた内容は、ホビット族からの降伏宣言。
オレの元に下るので、適切な扱いを望むという旨だった。
更には、エルフ族とドワーフ族もこれに続く意思がある。
受け入れて貰えるなら、条件の提示が欲しいとの事である。
余りに急な展開に、オレは思わず黙り込んでしまう。
この想定外の事態に、オレはどう対処すれば良いのだろうか?
そして、考え込むオレに、フロードは必死な声をオレに向ける。
「人間の圧政には我慢の限界でした。しかし、魔族に下るのも難しかった……。そんな状況で、勇者様が魔族を支配されました。我々には、勇者様こそが救世主なのです!」
「救世主、か……」
フロードの必死な姿を横目に、オレはふと気付いた事がある。
フロードにとってオレは、大魔王ではなく勇者らしいのだ。
つまり、それが彼等のスタンスなのだろう。
大魔王の元に下るのでは無く、勇者であるオレに救って貰う。
オレは人間であり、女神マサーコ様の使者である。
人族からしたら、まだ受け入れ可能な存在なのだろう……。
「……しばらく、検討に時間を貰おう。返答はどうすれば良い?」
「私はこの街に常駐しています! ラヴィ様にお伝え頂ければ!」
オレの問いに、フロードは勢い込んで答える。
受け入れられたと思ったらしく、その表情は明るい物であった。
勿論、オレとしても提案を無下にする気はない。
争いを収める為には、彼等とも手を取り合わねばならないからな。
とはいえ、人間達の扱いをどうすべきか?
今のオレでは、その答えを出せそうも無かった。
「ここに、彼女が居れば……」
休暇を出してから、たったの三日である。
なのにオレは、早くもシェリルの存在を求め始めていた。




