食事
ローズ・パレス内の風呂は豪勢であった。
ちょっとしたスーパー銭湯並みの設備が整っていたのだ。
その男性用施設が貸し切り状態である。
少しばかりテンションが上がり、各風呂を巡回してしまった。
そして、風呂を終えたオレはダイニングルームへと案内される。
風呂を長く堪能し過ぎて、既に夕方近い時刻となった為である。
「――ん? あれは……?」
中央のテーブルにはメルトが腰かけていた。
既に配膳の始まっており、テーブルには前菜が並んでいる。
オレはメルトの隣に腰掛け、彼女に対して問い掛ける。
「先程、配膳していた者がいただろう。アレが中性ではないか?」
恐らくは、夢魔族の中でも見習いに相当する者なのだろう。
十数歳の見た目で、給仕を行うスーツ姿の者がいたのだ。
美少年でも、男装の令嬢でも通じる美貌であった。
あれこそが、オレが知る中性だと感じる存在であった。
しかし、メルトは眉を寄せて、はあっと息を吐く。
「あれはまだ幼いだけだろう。あれは中性ではない」
「そ、そうか……」
バッサリと切り捨てられてしまった。
やはり、この議論に関しては、わかり合う事が出来ないらしい……。
メルトとそんなやり取りをしていると、ラヴィが部屋に入って来た。
「ふふふっ、お待たせしました。浴場はご堪能頂けましたか?」
「ああ、あれは素晴らしいな。機会があればまた利用させてくれ」
オレの返事に、ラヴィは満足そうな笑みを浮かべる。
彼女としても、自慢の設備だったのだろう。
そして、オレはふと気になった事をラヴィへ尋ねる。
「そう言えば、ラヴィは食事をどうしている? 精神を喰うとは聞いているのだが……」
そう、ラヴィのテーブルには、料理が配膳されていない。
ここで食事を取るのは、オレとメルトの二人だけなのだ。
やはり、食事は夢に入り、相手の精神を喰らうのだろうか?
「今も少しずつ頂いております。メルト様から零れる感情が、我々の食事となるのです」
「うむ、その通りだ。私が楽しいと思う程に、周囲の夢魔族は活力を得るのだからな!」
ローズ・パレスに来てから、メルトのテンションが高かった。
それは、夢魔族への報酬となるので、遠慮が無かったのだろうか?
だが、それならば色々と納得がいく。
夢魔族達がこれ程までに、他種族へのサービスに拘る理由が。
それと同時に、先程の言葉に微かな違和感を感じた。
気になったオレは、ラヴィへと尋ねてみる。
「メルトのと言ったが、オレの感情は食事にならんのか?」
「難しいみたいですね。恐らく、その指輪の効果かと……」
ラヴィがオレの右手に視線を向ける。
そこには、女神マサーコ様の贈り物が存在した。
どうやら、封印の力が妨害しているらしい。
オレが右腕を掲げると、ラヴィはほうっと溜息を吐く。
「我々も無制限に精神を奪える訳では御座いません。精神力を守る力があれば、手を出す事が出来ません。精神力が高い相手にも、起きている間は難しいですしね……」
「寝ている間は、簡単に奪えるのか?」
オレの問い掛けに、ラヴィはコクリと頷く。
そして、クスリと笑って説明を続ける。
「寝ている間は、誰でもガードが緩みます。喜怒哀楽で感情が揺らぐ際もです。――それ故に、夢魔族は楽しい夢を見せるのです」
喜怒哀楽と言う以上、楽しい夢で無くても良いのだろう。
しかし、負の感情を与えては、相手が逃げ出すと思われる。
手段は違うが、不死族の牧場と似た考えなのかもしれない。
夢魔族からすると、これが他種族との共存手段なのだろう。
オレは納得すると同時に、少々の申し訳無さも感じていた。
今の状況では、オレだけが無銭飲食をしているみたいではないか。
「この宮殿に居る間は、指輪を外しておくか……」
ラヴィや周囲の従者への謝礼は支払うべきだろう。
そう考えて、オレは女神マサーコ様の指輪を外す事にした。
――と、そこで想定外の事態が起こる。
「ひぎぃ……!」
「きゃっ……?!」
見習いの若者と、メイドの夢魔族が悲鳴を上げる。
しかも、そのまま泡を吹いて倒れてしまった。
オレが呆然としていると、ラヴィが慌てて叫び声を上げる。
「大魔王様、その波動をお納め下さい! うちのベイビィ達には刺激が強すぎます!」
「なっ……?!」
オレは慌てて指輪をはめ直す。
すると、ラヴィは安堵の息を吐いて、オレへと告げる。
「大魔王様は、精神力が尋常では御座いません。寝ていてもガードを破れそうにありません。申し訳御座いませんが、指輪は身に着けたままでお願いします」
「そうか……。何というか、すまん……」
軽はずみな行動で、ラヴィ達に迷惑を掛けてしまった。
困った様なその視線に、オレは居心地の悪さを感じてしまう。
そんなオレに対し、メルトがフォローの言葉をくれる。
「余り気にせんことだ。ユウスケの分まで、私が楽しんでおくからな!」
「そう、か……。えっと、感謝する……?」
そう答えるのが正しいかわからず、思わず疑問形になってしまう。
しかし、メルトは気にした様子も無く、満足そうに頷き返してきた。




