陰の功労者
オレはゆっくりと酒を楽しむ。
ラヴィと他愛ない会話を楽しみながら。
なお、メルトは早くも酔い潰れてしまった。
ラヴィが言うには、雰囲気に酔っただけとの事だ。
そして、ラヴィはふと思い出した様に、オレへと問い掛ける。
「そういえば、シェリルの事って本当なの? 四天王を降格させられたって……」
頬に手を当て、心配そうな表情を浮かべている。
しかし、その目は微かに細められ、剣呑な雰囲気が感じられた。
「耳が早いな。降格は事実だが、今後はオレの秘書として活躍して貰うつもりだ」
オレは気付かぬ振りをし、ラヴィへ淡々と答える。
下手に慌てたりするより、この方が信用されるだろうしな。
そして、オレの予想は正しかったらしい。
ラヴィは安堵の息を吐き、視線を柔らかな物へと変える。
「ふふふっ、そういう事なのね。その話を聞いて安心致しました」
「それは何より。ちなみに、ラヴィはシェリルと仲が良いのか?」
先程の態度から、ラヴィは本気でシェリルを心配していた。
相手がオレであろうとも、場合によっては対峙する覚悟だった。
その事を尋ねたのだが、ラヴィは難しい表情を浮かべていた。
「仲が良いのは違うかしら? 信頼し合える協力者が、関係としては適切ですわね」
「信頼し合える協力者だと?」
ビジネスライクな関係と言う事だろうか?
先程の態度を見る限りでは、それ以上に思えたのだが……。
オレが腕を組んで考えていると、ラヴィは真剣な表情で語りだした。
「私はメルト様の魔王就任前より、魔王四天王でした。そして、歴代魔王様の手腕を存じておりますが、それはもう酷いものでした……」
唐突に思い出話が始まってしまった。
若干の戸惑いを感じながらも、ひとまず話を聞く事とする。
「歴代魔王様は力のみの統治。押さえ付け、奪うだけで魔王国は荒廃する一方。けれど、その実力だけは魔族で随一だったのです」
魔王軍の慣例では、強さで序列が決まっていた。
その事からも、魔王が最も強い者なのは間違いない。
そして、話の流れから、統治に関しては最悪だったと思われる。
「そして、十年前にメルト様が先代魔王を滅ぼしました。その力を示した事で、今代の魔王として君臨する事となったのです」
魔王の交代はその様にして行われていたのか。
つまりメルトは、先代魔王よりも強かったという事になる。
……そういえば、ラヴィの中では、メルトはまだ現役魔王なのか?
「メルト様が魔王となり、魔王国は大きく変わりました。これまでの様に、奪うだけの王では無かったからです」
「ほう……?」
確かにメルトは、魔族全ての幸せを願っている。
力で押さえ付けたり、奪ったりする統治は行わないだろう。
話の続きに期待するオレに、ラヴィは想定外の言葉を放つ。
「君臨すれども統治せず。メルト様は政治に関わらず、全ての責務をシェリルに託したのです」
「ほ、ほう……?」
何やら話の流れがおかしい気がする。
ラヴィは言葉を選んでいるが、所謂ところの丸投げではないのか?
「シェリルは責務を果たしました。不死族領では農耕を広め、牧場経営で人族との争いを治めました。不死属領の余剰食糧を獣人領へ流し、軍備増強や酪農業に力を入れさせました。更には、マンドラゴラ等の貴重素材を夢魔族へと流し、人族から武具や生活雑貨を仕入れるルートを開拓したのです。この十年で魔王国が大きく変わったのは、メルト様とシェリルの関係があっての事と言えます」
「よく、わかった……」
ラヴィがメルトに対して、物凄く忖度していると理解した。
或いはその忖度は、オレに対する物かもしれないが……。
それと同時に、オレの中でシェリルの評価を改める。
どう考えても、彼女こそが陰の功労者であると認識した。
……あのまま燃え尽きてたら、魔王国はヤバくなかったか?
内心で冷や汗を掻くオレに、ラヴィは優しい笑みを向ける。
「あの子の事をお願い致します。あの子はとても頑張り屋な、普通の女の子ですので」
「ああ、オレに任せておけ。その努力に見合う扱いを、必ずシェリルに与えてやろう」
努力する者は報われるべきだ。
無慈悲に使い潰される姿等、オレは見たいと思わない。
オレの返事が気に入ったらしく、ラヴィは嬉しそうに笑う。
そして、身を乗り出して、そっとオレの耳元で囁く。
「そういえば、あの子が四天王に就任した時の事です。四天王らしい振る舞いが知りたいと言われ、私が悪女の演技指導を行ったのですが……」
「おい、それは聞いて大丈夫なのか? あいつの黒歴史な気がするのだが……」
コンプライアンスは気にしても、個人情報は気にしないのか?
もしそうなら、オレはラヴィの評価を改めねばならないのだが?
しかし、ラヴィは人差し指を立てて、オレに向かってウィンクする。
オレなら聞いて大丈夫と、彼女はそのまま話を続けた……。




