会員制クラブ
ラヴィに案内された場所はバーらしき部屋だった。
オレとメルトはカウンターに腰掛け、ラヴィが向かいに立つ。
壁際にはズラリと並んだ数々のボトル。
そして、ラヴィは手際よくカクテルを作り出した。
「お二人には、この辺りが宜しいかしら?」
オレとメルトの前に、カクテルグラスがそっと置かれる。
オレのグラスは濁った白で、メルトは黄色の液体が注がれている。
メルトがそれを旨そうに飲むので、オレも試に口を付ける。
「――これは……」
甘みと酸味を仄かに感じる、とても飲みやすいカクテルだ。
最高のカクテルと呼ばれる『X・Y・Z』に近い味だった。
オレが驚いていると、ラヴィが微笑んでこう告げる。
「大魔王様の精神は成熟していますからね。この辺りがお好みでは無いでしょうか?」
「ああ、実に口に馴染む味だな。似た味を知っているが、これはそれを超えているな」
ラヴィはオレの精神が成熟していると言った。
その理由は、オレの生前が35歳であった為であろう。
確かにこの味は20歳で飲むには早いと言える。
ラヴィは相手の好みに合わせ、カクテルを提供しているみたいだ。
「うむ、やはり旨いな! ローズのカクテルはいくらでも飲める!」
「ふふふっ、ありがとうございます。さあさあ、お代わりもどうぞ」
メルトは既に飲み干したらしく、二杯目がすぐに提供される。
その二杯目も、ペースを考えずにグビグビと飲んでいく。
余りのハイペースに、見ているこちらが心配になる。
まだ昼前だと言うのに、こんな時間から酔い潰れる気か……?
心配して見つめるオレに、ラヴィが身を乗り出してそっと囁く。
「ご安心下さいませ。二杯目以降はノンアルコールとなっております……」
「何という気配り……。流石だな、ラヴィ……」
オレの賛辞に、ラヴィが嬉しそうな笑みを浮かべる。
そっと身を引くと、メルトの三杯目を用意し始めた。
オレは味わいながらカクテルに口を付ける。
そして、入室時から気になっていた事をラヴィに尋ねる。
「所で、ここは何なのだ? オレ達は何故、初っ端からバーに案内されている?」
「メルト様より伺っておりませんか? ここは私の私室で、会員制クラブですが」
オレはメルトへと視線を向ける。
彼女は僅かに赤らんだ顔で、悪戯っぽく微笑んだ。
「私のお気に入りの場所だ。少しは驚いてくれたか?」
「あら、まあ? メルト様もお人が悪いですわね……」
どうやら、わざとメルトが黙っていたらしい。
ラヴィもおかしそうに、クスクスと笑っていた。
まあ、こういう悪戯なら可愛い物である。
メルトもオレに対して、遠慮が無くなって来た証だろう。
オレの胸には温かな物が溢れて来る。
これが家族の温かさと言うものだろうか?
オレは静かにカクテルを傾ける。
そして、中身が無くなる頃に、ラヴィが二杯目と共に告げる。
「ここは、一夜に一組だけが予約可能で御座います。基本は会員制ですが、大魔王様は顔パスとなります」
「そういえば、会員制クラブと言っていたな。どの様な客層が利用しているのだ?」
オレは興味を引かれ、ラヴィへと尋ねてみる。
すると、ラヴィは怪しげな笑みと共に、そっと囁いた。
「魔族側は四天王と領主の皆さま。人族側では王族を含む殆どの要人。大陸全土の、権力者の皆様で御座います……」
「なん、だと……?」
その説明を聞き、オレは思わず硬直する。
ラヴィの顔の広さに、戦慄を覚えた為である。
魔族も人族も関係なし。
全ての要人とコネクションを持つと言うのか……。
オレはゴクリと喉を鳴らし、ラヴィに対して問い掛ける。
「仮に、オレが人族の情報を求めたら、ラヴィはそれを提供するのか?」
「申訳御座いません。ここで得た情報は、外に持ち出さないルールです」
ラヴィはすっと頭を下げる。
毅然とした態度で、オレの命にも従わないと意思を示す。
だが、オレはその事で逆に安堵する。
この世界にも、コンプライアンスの概念が存在するらしい。
オレはカクテルを再び傾ける。
ゆっくり味わいながら、ラヴィへと注文を行う。
「次は違う味を頼めるか?」
「畏まりました。では、こちらは如何でしょうか?」
三杯目は透明色のカクテルであった。
口を付けるとピリッと辛く、アルコールが強く感じられた。
この味も中々に悪くない。
オレはそう考えながら、安心してカクテルを堪能した。




