夢魔族
オレとメルトは、朝から馬車で移動を開始した。
ラヴィの領地でゆっくり出来る様に、早めの移動を心掛けたのだ。
理由は勿論、メルトとのデートを堪能する為である。
九泊十日の旅である為、少しでも滞在時間を延ばしたいからな。
そして、移動は以前にも利用したバイコーン馬車。
かぼちゃの馬車はエリーと共に、ディアブロが追い返した後だった。
「それで、ラヴィの領地はどの様な場所なのだ?」
オレは隣に座るメルトへと問い掛ける。
窓から外を眺めていた彼女は、視線をオレへと移動させる。
「まず、夢魔族について語ろう。奴等は魔族の中でも、特に特殊な種族だからな」
「ほう……?」
オレからすると、不死族は理解しがたい存在だった。
獣人族ですら、一部の文化は理解出来なかったのだ。
だが、メルトの言葉通りなら、それを超える事になる。
オレは夢魔族に強く興味を引かれた。
「そもそも、夢魔族は生物では無い。精神生命体と言えば伝わるだろうか?」
「精神生命体? それは、実体を持たないゴーストの様な存在という事か?」
オレの問い掛けに、メルト考える素振りを見せる。
そして、少ししてから首を振った。
「いや、死者の魂では無い。精神世界に実体を置く存在。他者の夢から、精神を喰らう者達なのだ」
「精神を喰らう者達? ゴーストとの違いがわからないな……」
確かに不死族は生者を殺すが、それは仲間を増やす為である。
死者の魂や精神を食して、生きながらえている訳では無い。
だが、実態を持たない存在と言う意味なら同じに思える。
不死族の中でも、ゴーストに限定するならば、だが……。
首を傾げるオレに対し、メルトは難しい顔で説明を行う。
「輪廻の輪にいる存在では無い。――いや、そもそもが個体ですら無い。夢魔族はローズから生まれた、ローズの一部なのだから」
「ラヴィの、一部だと……?」
メルトの説明に、オレは益々混乱する。
頭の中では、オネエ達がひしめき合う姿が浮かんでいた。
「ローズと言う母体があり、一部を切り離して夢魔族は生まれる。だが、生まれた夢魔族は子と成り、ローズとの繋がりは残る」
「ふうむ……」
精神生命体と言う時点で、オレの世界では例える物が無い。
完全にファンタジーの存在であり、オレの理解の範囲外である。
「生まれた夢魔族は、ローズを親と認識する。それぞれに自我を持つ為、ローズとはまったく別の存在と考えた方が良い」
「それぞれに自我か……」
どうやら、全夢魔族がオネエという悪夢では無いらしい。
その部分については、オレはほっと胸を撫で下ろす。
「そして、基本的には知的生命体に楽しい夢を見せる。活性化させた精神の一部を、自らの活動資源として吸収するのだ」
「楽しい夢を見せる存在、か……」
ラヴィの話では、サキュバスとインキュバスが居るらしい。
彼等の見せる淫夢も、楽しい夢と言う事なのだろう。
理解しがたいのは確かだが、共存出来る相手だと思われる。
そう考えつつも、念の為に確認は取っておく。
「夢魔族と付き合いにおいて、気を付けるべき事はあるか?」
「気を付けるべき事か……」
メルトは腕を組んで考える素振りを見せる。
これと言って思い付かないのか、険しい表情は浮かべていない。
しかし、ハッとした表情で、オレに対して忠告して来た。
「夢魔族は生物が持つ『欲』は無い。だが、それ故なのか、『楽しいこと』に目が無い。それは注意しておくべきだな」
「『楽しいこと』に目が無い……? ふむ、取り合えず覚えておく事にしよう……」
精神生命体なので、食欲、睡眠欲、性欲等が存在しないのだろう。
その代わりに持つ欲が、娯楽の追求と言った所と思われる。
だが、それ自体は知的生命体なら、誰もが持つ欲求である。
小さな子供であれば、特に顕著にその欲が顔出す事もある。
オレはそう納得し、メルトの忠告を胸に納めておくのだった。




