再雇用
シェリルの部屋へ訪れると、何故か扉が開いていた。
不思議に思って中を覗くと、オレはその光景に呆然となる。
部屋の中央で椅子に座るシェリル。
その手にはカップが握られ、一息付いた様にも見える。
だが、シェリルは微動だにせず固まっていた。
口は半開きとなり、死んだ目で天井を見つめ続けていた。
「これは、まさか……」
オレはこの状況を知っている。
職場で何度も見た、同僚達の最後の姿である。
――燃え尽き症候群
やる気に溢れていた者が、急にやる気を失った状態。
自分を見失い、働く意欲を失ってしまった状態である。
今のシェリルは、まさにその状態と思われる。
これまでの頑張りが認められず、虚無感に襲われているのだ。
オレはゴクリと喉を鳴らす。
そして、ゆっくりと室内へと踏み込んでゆく。
「シェリル、邪魔するぞ?」
「だい、まおう、さま……?」
そのギクシャクとした喋りに、頬が引き攣るのを感じる。
これまでのシェリルとは、明らかに様子が異なる。
オレは刺激しない様に、ゆっくり彼女へ歩み寄る。
「少し、話したい事があって来たのだが……」
「はい……。どのような、おはなしですか?」
シェリルの違和感に、オレは思わず口ごもる。
今のシェリルに対し、何と話し掛ければ良いのだろうか?
……そう、まずは労いからだな。
これまでの功績を、認める所から始めるべきだろう。
「……その、これまでご苦労だった。良くメルトを支えてくれた」
「あ、私クビなんですね? 短い間ですが、お世話になりました」
シェリルはニコニコと笑顔を浮かべる。
それと同時に、ポロポロと涙を零す。
そのアンバランスな表情に、オレの胸が締め付けられる。
その悲痛な姿を見て、思わず彼女の両肩を掴んでしまう。
「ま、待て! 早とちりをするな! そういう話をしに来たのではない!」
「ほぇ……?」
コテンと首を傾けるシェリル。
体には力が入っておらず、その弱々しさに戦慄すら覚える。
オレは腰を屈め、視線を合わせてシェリルに語る。
「オレは誤解を解きに来たのだ。今のお前は、自分が不要な存在だと感じていないか?」
「あ、あははは……。たしかに、私は全てを無くしましたからね……」
死んだ目で、乾いた笑みを浮かべるシェリル。
オレの問い掛けに、否定の言葉を返して来なかった。
その事で確信を持ち、オレは彼女に思いを伝える。
「それは誤解だ。お前は不要な存在では無い。オレにとって、必要な存在なのだ」
「え……? でも、私はもう……」
シェリルは泣きそうな顔で俯く。
今の自分の状況を、誰よりも悲観的に感じているのだろう。
だが、決してここで、シェリルを終わらせたりしない。
彼女の失われた自信を、オレが取り戻させねばならない。
「お前は誰よりも、オレの望む物を考えてくれた。オレが喜ぶ物を用意してくれた」
「あ……」
ディアブロは確かに有能である。
大魔王の補佐官として、必要な物を準備してくれていた。
そして、ディアブロはシェリルに対してこう言った。
『優先順位の付け方も間違っている』と……。
しかし、その言葉だけはディアブロの方が間違っている。
オレが大魔王である理由を、彼が理解していない証拠だ。
「お前のお陰で、メルトと結婚する事になった。お前のお陰で、オレは大魔王となった。――今の状況があるのは、全てお前が居てくれたからだ」
「だ、大魔王様……」
シェリルは涙を溜め、オレの瞳を見つめ返す。
その視線は先程と違い、決して死んだ目では無くなっていた。
「四天王では無くなったかもしれん。だが、これからはオレの『秘書』として働いてくれないか?」
「わ、私の事を……。必要として下さるのですか……?」
震える声でシェリルが問う。
オレの真意を確かめる為に。
なので、オレはふっと笑みを浮かべる。
力強く頷いて、シェリルへと思いを伝える。
「ああ、オレにはお前が必要だ。これからは、オレを隣で支えてくれ」
「あ、あぁ……」
オレの言葉を聞き、シェリルは顔を歪ませる。
そして、涙を流してオレへと飛び付く。
「わ、私の事を抱いてください~! もう、滅茶苦茶にして下さい~!」
「そ、それは止めろ! メルト以外には手を出さんと言っただろうが!」
必死にしがみ付くシェリルを、オレは何とか引き剥がす。
恨みがましい視線を向けられるが、流石にそれは色々と不味い。
今のオレは、内なる野獣を抑え込んでいる状態なので。
何かの間違いで、野獣が暴走したら洒落にならんだろうが……。
「まずは、しばらく休息を取れ。ラヴィの元から戻ったら、また働いて貰うからな」
「承知しました……。大魔王様の帰還を、お待ちしております……」
不満そうな視線を向けられるが、それには気付かない振りをする。
その望みに応えると、メルトを悲しませる結果になりかねんしな。
シェリルはやや拗ねた表情を見せる。
オレは苦笑を浮かべると、彼女を残して部屋を後にした。




