親友
オレは気持ちを落ち着かせ、寝室へと移動した。
すると、そこには探し人である、メルトの姿があった。
メルトは風呂上りらしく、バスローブ姿であった。
腰に手を当て、牛乳を飲む姿も中々にそそられる……。
――だが、オレは気持ちを切り替え、メルトに告げる。
「シェリルの事で話がある。相談に乗って貰えるか?」
「シェリルの事で……? ――わかった、話してみろ」
不思議そうな表情は、すぐに引き締まった物へと変わる。
オレの態度を見て、真剣な内容と気が付いたのだろう。
木製のテーブルを挟む形で、オレ達はそれぞれ席に着く。
「シェリルが悪魔達から仲間外れにされている。その状況は気付いているか?」
「な、何だと……? いや……。しかし、状況的には理解出来なくはない……」
驚いた表情を浮かべ、続いて沈痛な面持ちとなる。
状況に気付いてはいなかったが、理由は思い当たるらしい。
メルトは難しそうな表情で、オレに対して考えを口にする。
「シェリルは四天王から降格させられた。周囲は落ちこぼれたと判断するはずだ」
「シェリルが落ちこぼれた、だと……?」
元々、役員であった者が、平社員へ降格した様なものだろうか?
もしそうだと考えるなら、今の状況も理解する事が出来る。
四天王はレベルによって決まると聞き、オレは交代を軽く了承した。
しかし、その決定は周囲にとって、思う程に軽い物では無かったのだ。
「逆にぽっと出のディアブロが四天王の筆頭となっている。周囲からすれば、ユウスケのお気に入りと映るはずだ」
「そういう、ことなのか……」
オレの事を良く知らぬ者は、結果だけで推測するだろう。
オレがシェリルを追い出し、ディアブロを重役に据えたと。
最高責任者に厚遇される者と、冷遇される者がいるとする。
周囲の者達は、どちらに着いて行こうと思うだろうか?
「オレが、全ての原因という事か……」
オレは自身の迂闊さに歯噛みする。
軽々しく大魔王様となり、責任の重さを理解していなかったのだ。
……だが、反省は後からでも出来る。
今するべきは、犯したミスをどう挽回するかである。
「シェリルの事を、どうすべきだと思う? ディアブロの副官とすべきなのか?」
「ディアブロの副官? いや、そういう指示なら、奴は城を去るかもしれん……」
メルトの答えに、オレはショックを受ける。
かつて会社を去った、同僚達の姿を思い出して。
彼等は絶望して会社を去って行った。
あの悲痛な思いを、オレがシェリルに与えてしまうのか?
動揺で言葉の出ないオレに、メルトは真っ直ぐな視線を向ける。
「私が魔王を目指して修行した頃より、シェリルは私に仕えてくれた。私にとっては腹心であると同時に、掛け替えのない親友でもあるのだ」
たった二人で立ち上げた会社。
それが上場し、大企業へとのし上がるイメージが浮かんだ。
社長の座をオレに譲ったとしても、盟友への思いは変わらないはず。
メルトからしても、この様な終わり方は望む物では無いはずである。
「私に出来るのはこれだけだ……。頼む、ユウスケ! シェリルの事を何とかしてくれ!」
オレに向かって、メルトは深々と頭を下げる。
頭を下げた姿勢で、オレからの返事をじっと待つ。
その姿を見て、オレの思考がクリアになって行く。
この状況で、オレが言うべき言葉は一つしかない。
「――ああ、任せろ。メルトが望むなら、オレがその願いを叶えよう」
オレが大魔王となったのは、メルトと幸せな未来を築くためだ。
彼女に悲しい思いをさせるのは、本末転倒も良い所と言える。
ならば、成すべき事も唯一つ。
メルトが満足する形で、事態をクロージングさせるだけだ。
成すべき事が決まったなら、後は行動に移すだけ。
そう思い、立ち上がろうとしたオレに、メルトの腕が伸びて来た。
「メルト? 何を――うぶっ……」
後頭部を掴まれ、強引に引き寄せられた。
そして、驚くオレの口を、メルトの唇が塞いでいた。
突然の熱烈なキスに、オレは目を白黒させる。
すると、メルトは顔を離し、二っと笑みを浮かべた。
「信じているぞ! ユウスケ!」
「――ふっ、少し出掛けてくる」
オレは内側で暴れる野獣を、理性の力でねじ伏せる。
そして、オレは席を立ち、シェリルの部屋へ向かう。
今のシェリルは、精神が危うい状態と思われる。
一刻も早く誤解を解いて、立ち直らせる必要があるのだ。
オレは後ろ髪を引かれる思いでメルトと別れる。
そして、今夜は朝まで寝かさないと、硬い決意を抱くのだった。




