新族長
夕食を食べ終え、オレは城内をぶらぶらしていた。
シェリルの件をどうすべきか、考える時間が欲しかったのだ。
どうも、あのままにするのは不味い気がする。
見ていてとても、不憫に思えてくるのだ……。
「――ん? 何だ……?」
誰かの怒鳴る声が聞こえた。
揉め事ではと気になり、オレはそちらへ向かう事にする。
しかし、状況はオレの思うものとは異なっていた。
大広間に集めた悪魔達を前に、ディアブロが演説を行っていた。
「――なぜっ! 悪魔族は、ここまで堕ちてしまったのか……?!」
オレは柱の陰に隠れ、その光景を観察する。
荒事では無さそうだが、状況は把握すべきだろう。
すると、ディアブロが悪魔達を前に、拳を握って熱弁を振るう。
「私の知る悪魔族は、魔族の頂点だった! 魔王国を統べる支配層だったのだ!」
その熱弁を前に、悪魔達が熱い視線を注いでいた。
執事悪魔も、メイド悪魔も、揃ってディアブロを見つめていた。
「我々には知恵がある! 我々には魔力がある! 決して召使となる存在ではない!」
ディアブロの声は力強いものであった。
自信に満ち溢れ、聞く者を惹きつけるものであった。
「悪魔族は誇りを失ったからだ! エリートとしての自負を失ったのが原因なのだ!」
この場の全ての悪魔達が、ディアブロに魅了されていた。
あれも一種のカリスマなのだろうな……。
「今こそ誇りを取り戻すのです! 我々こそが、誰より大魔王様に応えられる者だと!」
ディアブロの演説はまだまだ続く。
しかし、オレは意識を引き離し、この状況について考える。
まず、ディアブロに離反の意思は無さそうだ。
あくまでも、オレの為に悪魔達を取り纏めようとしている。
そして、率いられる悪魔達のモチベーションも上がるだろう。
彼等は今以上の自信を持ち、業務に取り組む事になるだろう。
「だが、本当にこれで良いのか……?」
かつての職場で、あの様なリーダーが存在していた。
営業達を取り纏める、若き課長であった。
彼等は自身溢れるリーダーの元、一丸となって働いた。
寝る間も惜しみ、休日も返上して働き続けていた。
その結果、その年で最も功績を残した部署となった。
誰もがそのリーダーと、率いる部下達を称賛した。
「だが、それは上手く行っている間だけだ……」
翌年は上手く契約を取れなくなっていった。
解約も続くようになり、クレーム対応にも追われる事となった。
その結果、リーダーは部下達を日々叱責する様になった。
部下達は精神をすり減らし、一人、また一人と去って行った。
最後は誰も居無くなり、課長も辞表を提出した。
そう、無理をすれば、その反動が後から来るものなのだ。
今の彼等にはその危険性が感じられる。
水を差すのも躊躇われるが、このままという訳にも……。
「――ん? 何だ……?」
オレは視界の端で、動く存在を捉えた。
微かに揺らいだ程度なので、気のせいかとも思ったが……。
「――ぶっ……!」
オレはそれに気付いて、思わず吹き出してしまう。
そして、周囲に気付かれない様にと、慌てて口を手で塞ぐ。
内心で冷や汗を掻きつつ、オレは改めて状況を確認する。
幸いな事に、オレの存在には誰も気付いていない様だった。
そして、オレは気持ちを落ち着け、改めて確認を行う。
柱の陰に潜む、その存在について……。
「……あいつ、何をやってるんだ?」
柱の陰より見える、ピンクの髪と黒いドレス。
オレの悩みの種である、シェリルの姿がそこにあった。
シェリルはじっとディアブロ達を見つめている。
彼等に混じる訳でも無く、その演説を聞き続けていた。
――しかし、そこでオレはハッと気付く。
「まさか、ハブられて……」
その事実に気付き、オレは急な頭痛に襲われる。
幼き日々の、忌まわしき過去が脳裏をかすめる。
……これは本気でダメな奴だ。
放っておくと炎上する案件だ。
オレは頭を振って、その場をそっと去る。
激しい動悸を抑えつつ、彼女の元へ向かうのだった。




