進化
オレとメルトは客室にて一泊した。
そして、朝からメイド吸血鬼の案内で、食堂へと案内された。
なお、昨晩はアレから少し大変だった。
エリーが急に起き出して、お腹が痛いと言い出した為だ。
そんな事態は初めてだったらしく、周囲の従者は大慌て。
大勢の執事やメイドにより、エリーは寝室へと運ばれたのだ。
やはり、『神酒ソーマ』は聖水と同じ効果を持つのだろうか?
吸血鬼であるエリーに、飲ませるべきで無かったのだろうか?
「エリーが無事だと良いのだが……」
「心配はいらんだろう。顔色は悪くなかったしな」
隣を歩くメルトは、平然とした表情を浮かべている。
エリーの事をあまり心配してはいない様子だった。
言われて思い出すが、確かに去り際のエリーは顔色が良かった。
酔った為と思ったが、青白い顔が血色良く赤らんで見えたのだ。
吐く程に飲むと、通常は顔色が青や白に変わるものだ。
それを考えると、メルトの言い分が正しく思えて来る。
そして、首を捻っていると食堂へと到着した。
食堂へ足を踏み入れると、そこには既に先客が待っていた。
「――あら? おはようございます」
そこに待っていたのは、腰まである長い銀髪の美女。
エリーに似た面影を持つ、二十歳程の女性であった。
昨晩は見かけなかったが、エリーの家族だろうか?
見た目の年齢からすると、エリーの姉と思われるが……。
「ふふふ、不思議そうな顔をしてるわね。――エリーの事がわからない?」
「エリー、だと……?」
掛けられた言葉に、オレの理解が追い付かない。
言葉のニュアンスからして、彼女がエリーだと言うのだろうか?
隣のメルトを見えが、彼女もポカンと口を開いている。
どうやら、朝と夜で姿が変わるとかでは無いみたいだ。
「『神酒ソーマ』のお陰みたい。寝て起きたら、成長してたんだよ?」
エリーはクスクスと笑い、こちらへと歩み寄る。
その物腰は柔らかで、仕草も大人の淑女を思わせるものだった。
エリーはオレの腕へ、自らの腕を絡ませる。
そして、妖艶な笑みを浮かべて、オレへと問い掛ける。
「ねえ、パパはどう思う? 見た目の年齢は同じだけど、呼び方を変えた方が良いかな?」
「――いや、今まで通りで良いだろう」
オレは脊髄反射で、口が勝手に答えていた。
背中に悪寒が走り、そうすべきだと本能が訴えていたのだ。
エリーは楽し気にクスクスと笑う。
そして、少し残念そうな視線でオレへと告げる。
「そう? パパがそう言うなら、そうするけど……」
「あ、ああ……。姿は変わったが、関係までは……」
エリーの瞳を覗き、そこでオレは理解した。
その瞳が、完全に捕食者の視線であった事を。
エリーが子を止めたら、その次に何を言い出しただろう?
恐らくは、オレの恋人か、妻になると言い出したはずだ……。
その時、エリーとメルトの関係はどうなっただろう?
好戦的なエリーの性格から、良い結果には成らないはず……。
オレは咄嗟の危機を回避出来た事に、内心で冷や汗を流す。
そんなオレに対し、エリーはクスクスとおかしそうに笑う。
「でも、変な感じだよね。見た目は同じ年齢なのに、パパって呼ぶのってさ?」
その言葉に、オレは別の意味で衝撃を受ける。
言われて見れば、確かにこれはこれで不味い。
エリーとオレは実の親子では無い。
エリーが従うのは、オレが力や金を持っているからだ。
そのエリーに、オレはパパと呼ぶ様に命じてしまった。
これは完全に、アウトなのではないだろうか……?
――いや、ここは異世界だかから問題無い! ……はずだ。
オレは内心での同様を必死で隠す。
すると、エリーが指を鳴らして、背後の老執事を呼び寄せた。
「セバス、例の物をパパに」
「はっ! 承知しました!」
老執事の名はセバスだったのか。
似合ってはいるが、色々と大丈夫なのだろうか?
オレがどうでも良い事を考えていると、セバスが前に歩み出る。
そして、手の水晶をオレへと掲げて見せた。
「こちらは、現在の姫様のステータスとなります」
「うん? エリーのステータスだと……?」
オレとメルトが並んでオーブを覗き見る。
すると、そこにはこう表示されていた。
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<ステータス>
名前:エリザベート ツェペシュ
職業:死の超越者 Lv85
最大HP:8500 最大MP:700
攻撃力:850 守備力:700 力:850 体力:800
魔力:700 魔法抵抗力:850 素早さ:750 器用さ:650
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「……死の超越者?」
「わ、私と同レベル……」
オレは聞き慣れない職業に驚く。
しかし、メルトはLv85に驚いている様子だった。
戸惑うオレ達に対し、セバスは説明を行う。
「姫様は昨日まで、職業が『吸血鬼の女王』でした。恐らくは、レベルの上昇と共に、存在進化されたのかと」
「その様な事が起こるのか……?」
人間だと職業のクラスアップは昇進である。
役職がついて部長になったり、社長へ登り詰めたりする。
しかし、魔族の場合は違うのだろう。
職業とは言うが、種族自体が進化するのだろう。
「それで私は不死族だけど、死者では無くなったらしいの。生者と同じく、子供も産めそうなのよね……」
エリーのその目が尋ねていた。
言葉の意味が、当然わかっているよね? と……。
なのでオレは、ぐっと拳を握ってエリーへ答える。
「よ、良かったじゃないか! パパはとっても嬉しいぞ!」
オレは『パパ』を強調して喜びを表す。
あくまでも、親として喜んでいる姿勢を示す。
そんなオレに、エリーは静かに笑みを浮かべる。
不気味なその瞳が、じっとオレを見つめ続けていた……。




