労働の対価
エリーの用意した料理は凄まじく美味しかった。
特にマンドラゴ料理には唸らされる事になった。
五年物のマンドラゴは、歯ごたえ抜群で味も濃い。
甘味は完全に消えて、牡蠣の様な旨味が溢れていた。
アレは本当に植物なのだろうか?
二年物は果実なのに、五年経つと貝に変わるとか……。
ちなみに、百年物は枯れ過ぎて、薬にしか使えないそうだ。
とはいえ、アレはアレで破格の高値で売れるらしいが。
「ねえ~、パパ~。とても~、気持ち良いわ~」
「うむ、そうだな……。うむ、そうだな……」
オレの膝の上で、丸くなっているエリー。
オレの席の隣で、ウトウトと船を漕ぐメルト。
オレはグラスの『神酒ソーマ』を傾ける。
半分以下となったグラスには、背後の老執事が追加を注ぐ。
「う~む、『神酒ソーマ』は失敗だったか……?」
旨い食事の返礼として、エリーへ振る舞う事にした。
流れでオレとメルトも、一緒に呑む事になった。
それは良いのだが、二人は酒に呑まれてしまった。
オレはほろ酔い程度だが、二人は酒に弱いのだろうか?
今日のメルトは飲み過ぎていたので仕方がない。
しかし、エリーは普段から、ワインを嗜むと聞いたのだが?
オレは気になって、背後の執事へ問い掛ける。
「エリーは酒に弱いのか? 普段からこの程度の飲酒で?」
背後の老執事は、軽く驚いた表情を見せる。
しかし、にこりと微笑み、オレへと答えてくれた。
「いえ、姫様が酔うのは初めて見ます。姫様は毒を無効化しますので」
「毒を無効化? アルコールは毒扱いになるのか……」
ならば、オレがこれ程酔わないのも、毒への耐性だろうか?
生前と比較しても、酔いがそれ程回らないのだが……。
いや、それ以前にエリーは酒に酔っている。
つまりこれは、アルコールに酔っている訳では無い?
オレが腕を組んで悩んでいると、老執事が声を掛けて来る。
「その神酒からは、聖属性の気配を感じます。姫様の能力は、その力で打ち消されているのかと」
「聖属性だと? なるほど、そういう事か……」
吸血鬼であるエリーは、聖属性に弱いと言っていた。
有る意味で聖水と言える『神酒ソーマ』に弱らされたのだろう。
とはいえ、ふにゃふにゃの表情は幸せそうだった。
苦しんでいる様子も無いので、このまま寝かせれば問題あるまい。
オレは納得して、『神酒ソーマ』を喉へと流す。
その旨い酒を、一人でゆっくり堪能する。
――と、そこでふと気になって、老執事へと問い掛ける。
「この城の従者は洗礼されているな。後学の為に、労働の報酬を聞いても良いか?」
恐らくこの老執事は、以前は貴族に仕えていたのだろう。
その身のこなしから、かなりの報酬を貰っていたと思われる。
ならば、魔族の給与相場を図る事が出来るはずだ。
彼を基準に考えれば、今後の給与計算の参考になるだろう。
しかし、彼はニコリと微笑み、想定外の答えを返して来た。
「姫様の笑顔が、我々の報酬ですが?」
一点の曇りも無い笑顔であった。
当然の様に答える彼に、オレは思わず口ごもってしまう。
そんなオレに、老執事は柔らかな笑みで告げる。
「我々、不死族の存在意義は姫様です。その笑顔の為に、我々は働いているのです」
老執事は真っ直ぐにオレの目を見つめる。
その真っ直ぐな眼差しに、オレは軽く恐れを感じてしまう。
――これは、狂信者の目だ。
その魂まで、ガッツリと支配されてしまっている。
彼等はエリーの為ならば、きっと躊躇わず何でもヤル……。
ゴクリと喉を鳴らすオレに、老執事は柔らかな声で告げる。
「姫様の事、何卒宜しくお願い致します」
「う、うむ……。善処するとしよう……」
オレは老執事とのやり取りで確信した。
この国は有る意味で、何処よりもホラーな国なのだと。




