知将の提案
オレは魔王城の応接室へと案内された。
そして、ソファーに腰かけ、出された紅茶に喉を潤す。
オレはその味に感動を覚える。
久々に人間らしい、文化が感じられる物を口にしたな……。
それは余談だが、オレはシェリルに沢山の質問を受けた。
気が付くと女神様と雇用契約を結んだ事まで話してしまった。
これは守秘義務に反していないだろうか?
その様な契約書にサインしていないので、大丈夫と思いたい……。
「なるほど、なるほど。つまり、勇者様の目的は戦争を止めること。魔族を滅ぼす事では無いと?」
「ああ、そういう事になる。そして、今の一番の目的はメルトだ。オレは彼女に一目惚れしたのだ」
オレとシェリルは、テーブルを挟んで話し合う。
メルトは少し離れた場所で、オレ達の話を黙って聞いていた。
「ふむふむ、魔王様を手に入れたいのですね。しかし、このままでは、その願いは叶いませんよね?」
「なんだと? それは、どういう意味だ?」
聞き捨てならないセリフに、オレの声も低くなる。
シェリルは平然としているが、メルトはビクリと身構えていた。
「何故なら、戦後処理を国王へ任せるのでしょう? 責任者である魔王様が、処刑されずに済むとでも?」
「……確かに国王との契約はそうだ。しかし、女神様から依頼達成後、自由が保障されている。彼女の身柄を、オレが引き取れば良いだろう」
オレの武力があれば、メルトを守り通す事が出来る。
最悪の手段ではあるが、実力行使で黙らせる手が残っている。
しかし、そんな考えを嘲笑うかの様に、シェリルは酷薄な笑みを浮かべる。
「人族は狡猾ですからね。一旦は要求を呑んで、魔王様を見逃すでしょう。……しかし、有力な魔族を処刑し、魔族の事如くを奴隷とし、その時がくるのを待つでしょう。――勇者様の寿命が尽き、魔王様を処分する時を」
「なっ……?!」
シェリルの言葉に、オレは思わず拳を握る。
オレは自分の浅はかさに、思わず歯噛みしてしまう。
酷使出来る労働力が手に入るなら、人類はきっと奴隷を求める。
危険な者や、使いづらい物は処分し、使いやすい者だけを残して。
そして、オレの庇護が無くなれば、メルトもきっと処分される。
そんな場面は、以前の職場で何度も見て来たはずなのに……。
「ですのでいっそ、決着を付けないのはどうでしょう? 魔王軍はまだ負けていないという事にしませんか?」
「何だって……?」
シェリルの提案に、オレは首を傾げる。
その意味する所が、瞬時に理解出来なかったのだ。
そんなオレに、シェリルは微笑みながら説明を行う。
「王様との契約は、敗戦処理を任せること。女神さまからは、業務中の自由が認められている。ならば、業務を長引かせて、勇者様の望む環境を整えては如何でしょうか?」
「オレの望む環境だと……?」
シェリルはオレに何をやらせる気だ?
オレに提案を行う以上、何らかの目的があるはずなのだ。
その真意がわからない限り、彼女と手は結べない。
対価も知らぬままに、契約書へのサインをするべきではない。
オレが警戒心を強めていると、シェリルの視線がすっと動く。
「勇者様の望みは魔王様なのでしょう? ならば、魔王様と結婚して、この国を支配してみませんか?」
「「なっ……?!」」
オレとメルトの声がハモる。
メルトの顔は引き攣っているが、オレの方は歓喜の声だ。
シェリルはメルトを見つめ、楽しそうに声を弾ませていた。
「魔王様を下したので、今後は大魔王様ですかね? 是非ともこの国を、お二人で幸せにお治め下さい」
「ちょ、ちょっと待つのだ! どういうつもりだ、シェリル!」
メルトは慌ててシェリルへと駆け寄る。
しかし、シェリルはそれを無視し、オレに向かって怪しげに微笑んだ。
「もし、この提案を受けて頂けるなら……。――魔王様の寝室へご案内致します」
「素晴らしい提案だった。さっそく、契約を結ばせて欲しい」
オレは立ち上がってシェリルへ歩み寄る。
そして、伸ばされた彼女の右手をしっかり握った。
メルトは呆然とオレ達の握手を見つめていた。
オレはふっと笑顔を浮かべ、そんな彼女を抱き上げた。
「では、さっそく案内を頼む」
「ええ、大魔王様。寝室はこちらで御座います」
にこやかな笑みを浮かべ、シェリルがオレを先導する。
オレは浮き立つ心を抑える為、メルトをしっかり抱きしめた。
……と、メルトが腕の中で暴れ出した。
「こ、この裏切り者が……! 私を売ったな、シェリル……?!」
「ふふ、メルト様を落とさぬ様に、しっかり抱きしめて下さい」
シェリルの忠告を受けて、オレはメルトを強く抱きしめた。
半溶した鎧のせいで、硬い感触しか感じないのが残念だ……。
しかし、鎧がミシミシと音を立てた為だろうか。
メルトは青い顔をして、腕の中で大人しくなってくれた。