堕ちた信仰
副指令ゼルと補佐官エミリアが戻って来た。
作戦会議は終わったらしく、話し合いが再開された。
「我々のスタンスとしては、基本的には先程と同様です。そして、お后様は丁重に扱う事をお約束します」
「うむ、それは何よりだ。ゼル殿の心遣いに感謝しよう」
オレはふっと笑ってゼルに手を差し出す。
それを見て、ゼルは躊躇わずにその手を握る。
若干、表情が硬く見せるのは気のせいだろう。
「裏の連絡手段は、後ほどお伝え致します。その他に、気になる事などは御座いませんか?」
「――ああ、それなら、私から一つ良いだろうか?」
隣のメルトが、手を上げていた。
ゼルは静かに頷いて、メルトの質問を促す。
「国王がユウスケに支給した品が、鉄の装備と500Gのみだった。あれはどういう事だのだ?」
「いや、薬草も5個貰っているが?」
結局は怪我をしなかったので、薬草を使う機会は無かった。
町に立ち寄る事も無かったので、500Gも使う使う事は無かったが。
しかし、オレの言葉は何故か無視されていた。
厳しい視線のメルトに対し、副指令ゼルは顔を引き攣らせていた。
――と、そこでエミリアがぽそっと呟く。
「ちなみに、司令官が奥さんから貰うお小遣いも500G……」
「そ、そうか……」
金額の相場が良くわからないが、大体5万円相当という所か?
そう考えると、支度金としては少なめという事になるのだろうか?
オレが首を傾げていると、ゼルは慌てて話を逸らしに来た。
「な、何となく理由は思い付きます。怒らないで聞いて下さいね?」
「……ふむ、了解した。さあ、話してくれ」
何故だからメルトはオレの手をギュッと握って来た。
指を絡めてしっかり握る辺り、話の内容に不安を感じているのだろうか?
――オレを頼るとは、何とも可愛らしい事ではないか。
オレが満足気に頷くのを見て、ゼルは表情を緩めて話し出した。
「まず、一部の人族や魔族は長寿です。人間の寿命が最長100年程なのに対し、長寿種は最長で500年は生きます」
「ほう、それは随分と長生きだな?」
オレは驚きを覚えるが、メルトは特に反応を示していない。
この辺りはメルト達にとっては、当たり前の話だなのだろう。
「そして、30年前に神が世代交代しました。人間の大半は前任の神について、記憶している者が殆どおりません」
「覚えていたとしても、殆どが高齢者という訳だな」
オレの言葉にゼルが頷く。
そして、オレの顔色を伺うように、ゆっくりと話を続ける。
「更に前任の神は、300年近く世界の管理を放棄していました。その為、人間達は神の存在を信じていません」
「何だと……?」
それは、前任者のせいで、神への信仰が失われたと言う事か?
女神マサーコ様は、その尻拭いをさせられていると言うのか?
――ふざけるなよ!
オレの頭にカッと血が上る。
あの素晴らしき女神マサーコ様が、その様な境遇に置かれていたとは……。
「ユウスケ……」
「――メルト?」
気が付くと、メルトがオレの手を強く握りしめていた。
オレの事を気遣う様に、じっとオレの瞳を見つめていた。
そのメルトの優しい心に、オレの心が落ち着きを取り戻す。
オレはメルトへの感謝を込め、その手をそっと握り返した。
「……それで? 信仰が堕ちた事が、オレの境遇とどう関係する?」
オレが平静を取り戻した事で、ゼルはほっと息を吐く。
そして、オレに対して申す訳無さそうに説明を続けた。
「神を名乗る何者かが協力を要請してきた。信じるに値しないが、本当であった場合は不味い……。悩んだ結果、最低限の支援をして様子を見る事にしたのでしょう」
「それで勇者に、あんなゴミを与えた訳か……」
メルトは呆れ顔だが、納得した様に頷いていた。
そして、ゼルはメルトの視線に、居心地が悪そうにしていた。
なので、オレはゼルへとフォローを行う。
「いや、決してゴミでは無かった。特に鉄の兜は役に立ったぞ。主に鍋代わりとしてだがな」
「そ、それは何というか……。申し訳ありませんでした……」
何故だか全員がオレから視線を逸らす。
応接室の空気が、余計に微妙な感じとなってしまった。
オレは状況も戸惑いつつも、大仰に頷いておいた。




