一目惚れ
頭を床に付け、魔王がオレへと懇願していた。
願う望みは、自らの首を対価に、仲間を救って欲しいという物だ。
オレは魔王の元へと歩み寄り、その手前で膝を付いた。
「魔王……メルト=ドラグニルと言ったな?」
「ああ、その通りだが……?」
魔王メルトは頭を上げ、上目遣いにオレを見る。
その瞳は赤く、怪訝そうな視線をオレに向けていた。
オレはふっと笑い、彼女に向かって思いを伝える。
「一目惚れだ。お前が欲しい」
「……はぁ?」
魔王メルトは目を大きく見開き、オレを見つめている。
理解が追い付かないらしく、動きをピタリと止めていた。
なので、オレは彼女へと熱い想いを伝える続ける。
「ルビーの様に赤い瞳が綺麗だ。黒く長いその髪も美しい。キリリとした表情もグッと来る。凛とした表情も良いが、笑顔はきっと……」
「――ちょ、ちょっと待て! お前は何を言っているのだっ……?!」
ゆっくり近寄るオレを、メルトの手が押しとどめる。
正確には押しとどめられず、メルトじわじわ後退しているが。
オレは一旦、メルトから身を引く。
そして、戸惑った表情のメルトへ、胸を張って宣言する。
「愛の言葉を囁いている。それが、どうかしたか?」
「どうかしたか? っじゃない! お前が一体、どうしたんだ!」
メルトは思った以上にダメージを受けていたらしい。
ふらつきながら立ち上がると、オレにビシッと指を指した。
「私は魔族だぞ! 人間の貴様が、一目惚れなどするかっ! 馬鹿にするのも、いい加減にしろ!」
「そんな事は知らない。一目惚れしたのだから仕方がない。そして、この想いは決して止まらない」
オレの言葉にワナワナと震えるメルト。
右手で顔を覆い、何やら考える素振りを始めた。
そして、オレはその思考を邪魔しない様に控える。
それと同時に、メルトの事を改めて観察する。
鎧の半分が溶けた事で、下の体が見える様になった。
鎧の上からはわからなかったが、女性らしいくびれが見える。
その体つきにもグッと来るが、それ以上に気になる物を発見する。
彼女の尻から、黒い尻尾が生えているのだ。
トカゲの様に鱗に覆われた尻尾である。
あと、今になって気付いたが、蝙蝠の様な羽も生えている。
頭もこめかみ辺りに、ちょこんと小さな黒角が見えている。
なるほど、この辺りが魔族と呼ばれる所以なのだろう……。
――と、オレが一人で納得していると、背後の扉がバンと開く。
「話は聞かせて貰いました! ここは、この私にお任せを!」
「おお、来てくれたのか! シェリルよ!」
メルトが嬉しそうな声で叫んでいた。
その表情も良いなと思いつつ、背後の人物へと視線を向ける。
すると、そこには桃色の髪を持つ女性が立っていた。
黒いドレスを身に纏った、氷の様な美貌を持つ美女である。
ただ、彼女の耳は尖っており、背中に蝙蝠の様な羽を持つ。
更にお尻の辺りには、先端がハートマークの黒い尻尾……。
シェリルと呼ばれる女性は、オレに向かって優雅に一礼した。
「初めまして、勇者様。私は魔王四天王が一人。知将のシェリル=ノアで御座います」
「ご丁寧にどうも。オレは勇者の中野雄介だ」
オレも習って頭を下げたのだが、メルトが目を丸くしていた。
どうやら、オレが挨拶を返したのが意外だったらしい。
……もしかしたら、挨拶が出来ないとでも思われていたのか?
オレが首を捻っていると、シェリルが一歩踏み込んで来た。
そして、もみ手をしながら、オレに向かって微笑みかけて来た。
「決着の付け方を決める為に、少しお時間を頂けないでしょうか?」
「……ふむ?」
ニコニコと笑顔で、親切そうな雰囲気を醸し出す美女。
その笑顔に、オレは奇妙な警戒心をが沸き上がって来た。
オレは何故だが、過去の記憶がフラッシュバックする。
そういえば駅前に、絵画を売りつる女性販売員が居たな、と……。