近付く心
結局、あれから余り眠れなかった。
その為、朝まで頂いたアイテムの確認をする事にした。
名前だけでは用途不明な物も多かった為だ。
『神酒ソーマ』の様に、想定外の効果も考えられるしな。
オレは寝室の椅子に座り、アイテムを一つ一つ取り出す。
効果を試せそうな物は、自分で使って確かめてみる。
「――んっ? ユウスケ、起きていたのか……?」
ベッドから聞こえるメルトの声。
どうやら、彼女も目を覚ましてしまったらしい。
「すまない。起こしてしまったか?」
まだ、夜が明ける時間ではない。
しかし、灯したランプの明かりで起こした事が考えられる。
申し訳なく思うオレに、メルトは柔らかい笑みで答えた。
「気にしなくて良い。それより、アイテムの整理をしていたのか?」
「ああ、そうだ。賜った品々の効果を、知っておくべきと考えてな」
オレは手にした黄金の林檎をメルトに投げる。
それを受け取った彼女は、渋い顔で林檎をテーブルに置く。
「どうした、食べないのか? 悪い効果では無いと思うのだがな」
「軽々しく食えるか。下手に不死等を手に入れても困るだろうが」
不死を手に入れたら困るのだろうか?
メルトと共に生きるなら、オレは別に困らないが……。
オレが首を傾げると、メルトが傍にやって来る。
そして、オレに並んで椅子に座る。
「ユウスケは不思議な奴だな。我が儘で人の話を聞かんのに、真面目で勤勉でもある」
「ふむ、不思議な事に良く言われるな。人の話を聞かない奴とは……」
前の世界での事だが、心無い奴に良く言われたな。
視野が狭いとか、人の迷惑を考えていない等と……。
しかし、好意的な人達からは、真っ直ぐで真面目と評価された。
なのでオレは、そういう声にだけ耳を傾ける様に心がけていた。
メルトはおかしそうに、オレへと笑いかけて来た。
「人族には珍しいタイプだろう? ユウスケはどの様に生まれ育ったのだ?」
どうやらメルトは、オレの生い立ちに興味があるらしい。
その事をオレは嬉しいと感じていた。
特に隠すほどの事でも無いし、オレの生い立ちを簡単に語る。
「五歳の時に両親を亡くし、その後は施設で育った。成人後は過酷な環境で、死ぬまで働かされたな」
「なるほどな。孤児院で育ち、その後は奴隷か……。そのせいで、その様に歪んでしまったのか……」
いや、何だか歪曲して伝わってはいないだろうか?
孤児院というのはまだ良いが、奴隷と言うのは流石に……。
……いや、あながち間違ってはいないのだろうか?
痛ましそうなメルトの視線に、オレは居心地の悪い思いをする。
そして、誤魔化す様にメルトへ逆に問い掛けた。
「そういうメルトは? お前も魔族には珍しいタイプに見えるが?」
オレの見た限りでは、魔族は自らの欲望に忠実な者が多い。
メルトの様に魔族全体の幸せを望む者は見た事がない。
人間の中でも、他人を中心に考えられる者は少数である。
そう考えると、メルトの過去にも興味が出るというものである。
「私は竜人の里で、普通に生まれ育ったさ。……ただ、あのシスターが、私を変えたのだろうな」
「あのシスターとは?」
遠い目をするメルトの話に、オレの興味がそそられる。
彼女を変えたシスターとは、どの様な存在なのだろうか?
問い掛けるオレに、メルトは目を細めて柔らかな笑みを浮かべる。
「人間でありながら、魔族の領地を旅するシスター。いつも笑顔で、とてもパワフルな女性だった」
シスターを語るメルトは、とても穏やかな表情だった。
メルトがそのシスターを、とても慕っていると感じられた。
「里が飢饉で苦しんだ年に、ふらりとやって来たのだ。細い体ながらに、リュックに沢山の食材を担いでな」
その時の光景を思い出したのだろうか。
メルトはおかしそうに、クスクスと笑っていた。
「食料を奪おうとした者にはゲンコツを落とし、そしてシスターはこう言ったのだ。『お腹がすいてイライラしてるのね。皆でお腹一杯になりましょう!』と……」
どの様な人物かわからないが、確かにそれはパワフルだ。
そして、この世界にもその様な聖人が存在した事に驚きを覚える。
「力の無い女子供は、何日も食べていない者も多かった……。あのトロリとしたスープは旨かったな……」
うっすらと涙を浮かべるメルト。
恐らく彼女も、当時はひもじい思いをしたのだろう……。
「それから、シスターは食べれる野草を伝授してくれた。男共は嫌がったが、あのお陰で我々は飢饉を乗り越えられた」
普段はメルトも肉を好んでい食べている。
きっと竜人族そのものが、肉を好む種族なのだろう。
それでも、肉以外が食べられない訳ではない。
食べる物さえあれば、生き続ける事は出来るのだ。
「だから、人族や魔族なんて関係ない。困った時には互いに助け合える。そういう世界を、私は作りたいと思ったんだ」
「なるほどな。それがメルトの望みという事か……」
真っ直ぐな瞳がオレに問い掛けていた。
私の望みを聞いたオレが、どう言葉を返すつもりなのかと。
――そして、オレの答えは一つに決まっている。
「ならば、オレがその望みを叶えよう。我が妻の笑顔を、永遠の物とする為にな」
「はははっ! やはり、ユウスケはそう答えるか!」
嬉しそうなメルトの笑顔に、オレは真っ直ぐ頷いて返す。
そして、彼女もオレの言葉を、微塵も疑っている様子が無かった。
メルトは椅子に座ったまま身を乗り出す。
顔をゆっくり近づけると、オレの頬へとそっと口付けをした。
「ふっ、その言葉を信じているぞ。私の事を裏切らないでくれよ?」
「メルト……」
オレは即座にメルトを抱き上げる。
有無を言わさず、そのままベッドへ直行した。
メルトはそんなオレを、ただ困った様に見つめるだけであった。




