大魔王様の能力
魔王国の東部は巨木が乱立する大森林が広がっている。
数多の魔物が生息し、その頂点として獣人族が君臨しているのだ。
獣人族は群れを成し、武具やスキルを駆使する。
そのお陰で、個として強い魔物相手にも勝利する事が可能なのだ。
そして、今のオレ達はその大森林を馬車で移動している。
馬車馬は黒い体に二本角の、バイコーンと呼ばれる魔物らしい。
「――む? 強い魔物の気配を感じるな」
隣に座るメルトが、馬車の窓から外を睨んでいた。
オレはメルトの尻尾を撫でる手を止める。
「ふむ、それでは次の魔法を試してみるか」
オレ達は暇つぶしも兼ねて、大魔王の能力実験を行っている。
魔物が出た際に、魔法やスキルを試し打ちしているのだ。
御者も魔物の存在に気付いたらしく、馬車を停止させていた。
オレとメルトは、二人揃って仲良く馬車を降りる。
そして、御者台に座るリオンの方を確認する。
彼は人懐っこい笑顔で、前方の森を指さしていた。
「臭いからして、この先にいるのはヒュドラですな」
四天王が御者台を務めるのは、オレ達の護衛役でもあるからだ。
彼以外の従者では、オレ達の護衛が務まるはずがない。
最も、リオンが守る対象はオレ達では無い。
間違って獣人達が、オレ達に手出ししない様にとの配慮だ。
うっかりメルトが傷付けば、辺り一帯が焦土と化すからな。
「多くの頭を持つ水蛇だ。森林だから炎は止めておけよ?」
オレの隣に並び、メルトがオレへと忠告する。
確かに森林火災は恐ろしいので、それらしい魔法やスキルは除外だな。
オレ達三人は、揃って森の奥へと足を進める。
そして、大きな湖から顔を出す、ヒュドラの姿を発見した。
青い無数の蛇が絡まった様で、気持ち悪い姿だな……。
オレは若干の躊躇いを感じつつ、ヒュドラに向かって歩み寄る。
「さて、悪いがオレの実験に付き合って貰おうか」
「遠慮なくどうぞ。どうせまた生えて来ますんで」
リオンは命を奪う事に対し、罪悪感等を持たないみたいだ。
この様な土地で生活していると、オレ達と感覚が異なるのだろう。
豪快に笑うリオンに対し、オレは軽く息を吐く。
そして、ウインドウ操作によりスキルを選択する。
> エターナル・フォース・ブリザード
「――っな……?!」
その魔法を使った直後、ヒュドラと湖一帯が氷結した。
当然ながら、氷中のヒュドラは即死だろう。
アイスの上位魔法だろうと思ったが、余りに桁が違い過ぎる……。
「ぐぬぬ……。この威力では、私の『メガフレア』でも対抗出来んか……」
「はははっ、流石は大魔王様だ! いや、戦わずに済んで正解でしたな!」
メルトとリオンが互いに魔法の感想を述べていた。
しかし、湖が凍った事は気にした様子が見られない。
……もしかして、オレが気にしすぎなのか?
魔族の常識では、環境破壊がバッシング対象ではない?
オレが頭を捻っていると、リオンが宝剣を腰から引き抜いた。
「それじゃあ、肉を回収しますかね。こいつも中々に旨いんですぜ?」
「それは楽しみだな。噂では聞くが、私も食べた事は無かったのでな」
メルトもリオンと並び、拳を握っている。
もしかしたら、殴ってバラバラにする気なのか?
というか、肉を回収するにも、ヒュドラがデカすぎるからか。
それなら、ちょっとした実験を行ってみるか……。
オレはウインドウ操作を行い、ヒュドラをボックスへ格納してみた。
「「――っは……?!」」
唐突に泉から姿を消すヒュドラ。
無事にボックスへの格納が行えたみたいだな。
そして、念のためにアイテムリストも確認してみる。
やはり、アイテムリストに『氷結ヒュドラ』が存在していた。
「お、おい……! 肉が消えたぞ! どうなってるんだっ?!」
「くそっ! 久々の大物だってのに、どこのどいつが……!」
慌てた様子で周囲を見回す二人。
その目は飢えた獣の様に血走り、とても恐ろしい物だった……。
「ふ、二人とも落ち着け。オレがスキルで回収しただけだ」
オレの声を聞き、二人の視線がオレに向く。
メルトは恨みがましく、リオンは安堵の表情を浮かべていた。
「まったく、人騒がせな……。行動の前に、一声あっても良いだろうに……」
「ははは、もう一声遅かったら、オレ達は肉泥棒狩りに飛び出してましたぜ」
どうやら今のは、二人にとっての一大事だったらしい。
魔族を相手に、肉泥棒は万死に値するのかもしれない。
オレは新たな事実に驚きつつ、同時に納得もした。
これが俗に言う、食べ物の恨みは怖いという奴なのだろうと。
「さて、そろそろ馬車に戻るぞ。日暮れ前には町に着きたいからな」
「へい、お任せ下せえ! 町までもうちょいなんで、余裕ですぜ!」
人懐っこい笑みで、リオンが自らの胸を叩く。
何故だか徐々に、彼の言葉が下っ端っぽくなっている気がする……。
「ユウスケ、どうかしたか?」
「……いや、何でもない」
リオンの態度がどうだろうと、大した差は無いだろう。
むしろ、少しずつ打ち解けている感じがするしな。
不思議そうなに首を傾げるメルトに、オレはふっと笑みを返す。
そして、彼女の腰を抱き寄せて、三人で馬車へと戻るのだった。




